2024-03-05

福岡弁と言う人のほぼ全員が間違えてること

※本内容は掲載内容の充実の為に告知なく加筆修正する場合があります。(最終更新日:2024-03-06)

はじめに

インターネット上のSNSを見ていると、「福岡弁」と言う人のほぼ全員が間違えを犯しています。『福岡弁』という単語は『福岡弁』という方言を指す固有名詞なのですが、ある人は福岡県の方言を一括りに総称して「福岡弁」と呼び、またある人は福岡地区(福岡市や周辺地域)の若者が喋る方言色が薄いマイルドな博多弁を「福岡弁」と言換えたり、その他にも本来指す意味とは違う意味での使用(誤用)が目立ちます。メディアによる誤用も多く、題名に「福岡弁」を含む書籍などは間違いばかりです。

地元民でさえ福岡県の方言のひとつに歴とした『福岡弁』という方言が存在する事を知らない人が多く、『福岡弁』と言う固有名詞が本来指す意味とは別の間違った意味で「福岡弁」と呼ばれる誤用の広まりは、元々存在する『福岡弁』の存在を蔑ろにしており、福岡弁話者にとっては保存・継承に支障をきたしかねない由々しき事態に直面しています。

故に、”『福岡弁』とは一体何なのか?”について、過去に福岡弁の語録などを掲載しましたが、今回また改めて福岡弁話者の悲痛な叫びを書き記させて頂きます。本記事を目にされた方々に正しい知識をお伝え出来れば幸いです。

福岡弁とは?

江戸時代、黒田家が統治した筑前福岡は、福岡と博多のそれぞれが堀や壁で囲まれ完全に独立した双子都市を形成していました。基本的には、福岡は武士の町で博多は商人の町だったと言われています。実際には、博多周辺を始めとする藩領内の各地に武士は居住していましたし、福岡城は総構の巨大な城で外郭内には町人も居住し城下町が築かれていました。

主に福岡城下(福岡部)では『福岡弁』が、博多(博多部)では『博多弁』が使われ、双方の方言は福岡弁が武家言葉で博多弁が町人言葉と言葉遣いに違いがあり、福岡弁は「がっしゃい言葉」と呼ばれ、「博多弁」は「きんしゃい言葉」とも呼ばれていました。

即ち、『福岡弁』とは、筑前福岡の武家言葉の方言を意味する固有名詞なのです(同様に博多弁などの方言の名称も固有名詞です)。

博多湾に注ぐ那珂川を境に東側の博多と西側の福岡とでは、歴史的な複雑な背景や行政区の管轄の違いなどもあり、昔は互いに嫌い合う時代がありました。前記した様に、昔は双方で方言も異なりましたが、現在の福岡地区(福岡市や周辺地域)には、誰もが親しみ易い博多弁が広く浸透しています。

(細かい事を言えば、博多弁と区別して糸島弁や小郡言葉などと呼ばれている方言が地域毎に複数存在しますが、基本的には福岡弁や博多弁と同じ肥筑方言に属する筑前方言なので、ここでは細かな方言の分類は割愛させて頂きます。)

そして、『福岡弁』は福岡藩士、また城や屋敷に出入りしていた商家などを先祖に持つ旧家の一部で受け継がれている程度なのです。福岡弁が衰退した理由として、しばしば堅苦しい言葉遣いが挙げられますが、それ以上に先の大戦での戦災(福岡大空襲)による影響、近年の人口流入と都市化、また核家族化や少子高齢化などに起因するコミュニティの崩壊が最大の原因だと考えられます。

『福岡弁』は武家言葉らしく多彩な方言敬語を使います。自身の方言を「福岡弁」だと称しながら、方言ではため口、敬語は共通語(標準語)になると言う人は、そもそも言葉遣いが違いますし、福岡弁が何なのかをご存知ないでしょうし(福岡弁で育ってないので無理もない)、『福岡弁』とは無関係なのです。

福岡県の方言の総称を福岡弁と言う勿れ!

福岡県は、地理的、歴史的、経済的特性などから、「福岡」、「北九州」、「筑豊」、「筑後」の4つに分けられます(巻末リンク集参照)。旧国名でいえば、筑前国、筑後国、豊前国の一部からなっています。

福岡県における「福岡」と言う言葉は、元々は江戸時代に筑前国を統治した黒田家の先祖ゆかりの地・備前福岡に由来します。関ヶ原の後、黒田家が筑前国に移り城を築くと、黒田氏の故地『備前国邑久郡福岡村』にちなみ筑前国那珂郡警固村福崎の地を”福岡”と改めました。また家臣団の多くも黒田家同様に山陽山陰地方周辺にゆかりがある者が多く、福岡弁には「遣あさい」と言う言葉の様に名残がある事からその影響が残っていると言われています。

明治維新後の廃藩置県にて、全国261の藩を廃して全国3府302県が置かれると、筑前国の福岡藩は福岡県となり、福岡県庁は最初福岡城内に置かれました。その後、秋月県(元々は福岡藩の支藩で秋月藩)、豊前国の一部(小倉県)と筑後国(三潴県のうち旧佐賀県を除く久留米・三池・柳川)が福岡県に統合されて現在に至ります。

つまり、元々「福岡」なのは旧筑前国の黒田家の支配地域(支藩の秋月藩を含む)だけなので、現在同じ福岡県であっても歴史も文化も異なる地域を単純に一括りには出来ません。それに『福岡弁』は筑前福岡の武家言葉の方言を指す固有名詞です。福岡県の方言を一括りして呼ぶ際には、「福岡弁」ではなく「福岡県の方言」の様に呼ぶべきです(「福岡方言」だと上記した通り意味合いがまた違ってきます)。どうしても「〇〇弁」と呼ぶ必要があるならば、『福岡弁』と完全に区別出来るように「福岡弁」とでもお呼び下さい。混同を避ける為にもよろしくお願い致します。

余談ですが、言うまでもありませんが、福岡弁は福岡弁護士会の略称でもありません。

また、北九州地区の大半は旧豊前国で豊日方言ですが、旧福岡藩だった筑前国鞍手郡と筑前国遠賀郡(現在の若松・戸畑・八幡辺り)の地域では、筑前方言と同じく「ばい」「たい」などを使う様ですし、また同様に筑豊地区でも旧豊前国と旧筑前国だった地域があり、「○○地区」と分けられてはいますが、方言や文化に違いがある様です。筑後地区は旧筑後国ですが、複数の藩が存在し地域毎に方言や文化に違いがある様です。

地図上での県境、旧国名、旧藩などの境界線が必ずしも方言の境界線とは一致せず大変難しい話しなのです。それ故に、福岡県の方言を一括りには出来ませんし、昔から地元民は一括りにしませんでした。

おわりに

ここまでご説明をしても、博多弁は博多の方言であり、博多以外の方言は福岡弁だ!などと誤解し頑として言い張る方もいるかも知れません。山笠のあるけん博多たい!という某CMの有名なフレーズがありますが、博多弁は山笠がある博多地区の方言であり、それ以外の地区で話されている方言は福岡弁だと言う主張です(昔から「福岡県=博多弁」だと思われがちなので、博多地区出身以外の福岡県民による博多アレルギーの結果なのかも知れません)。然しながら、その解釈は逆に福岡弁はもっと限られた福岡城内の武士のみが使った方言を意味する事になります。本記事の内容にご理解頂けた方ならば、こうした誤用を押し通そうとする意見の矛盾にお気付き頂ける事でしょう。

ちなみに、福岡市民の人口は現在163万人を超えますが、そのうち福岡弁話者は高齢者中心で1%にも満たないのでは?という話しです。県内に広げてみても非常に少ないのではないでしょうか?

福岡県に縁もゆかりも無い他県の方が「福岡弁」と呼ぶ分には仕方がない事かも知れませんが、福岡県出身者による誤用が全国に広がると本来ある『福岡弁』の存在を消滅させる事に繋がり兼ねません。だからこそ、福岡弁の保存継承の為にも、近年次第に増えつつある誤用は許さず無くなる事を切に願っています。

最後に、長くなりましたが、最後までご一読くださりありがとうござました。

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