-*- Mode: Text; Encoding: Shift-JIS -*- ==============================================================================    『天下統一 X』〜天下統一までの歩み。〜 ============================================================================== ■このファイルの内容 ==================== 1.統一軌跡 2.家臣武将十傑 3.攻略のポイント 4.裏技 5.バグ 6.あとがき ------------------------------------------------------------------------------ ■1.統一軌跡 ============ * 開始日:2008-06-13 * 終了日:2008-07-31  【楽市楽座】などの一部のコマンドや更新フェイズの”袂を分かつ”イベントなどに ついては、記載を省略しています。  また、その時に思った事などは、実行したコマンド等(「・」以降の記述)の次行に 記しています。 ※2008-06-17以降、多忙によりプレイ時間が減少中・・・。  プレイヤー自身の士気が下がっていることも要因だったり・・・。 ############################################################################### ●選択大名家の情報 ############################################################################### ◎シナリオ:【猛虎迅雷】天文六年(1541年)[ver.1.0] ☆開始時:1541年(天文十年)冬上旬 - 計画フェイズ 当主:村上義清 (齢:41 評:6 武:17 統:4 智:9 政:8) 姫:名井(18歳)、北城(8歳)、丙姫(22歳)、振姫(23歳)、御長(1歳)、青子( 7歳) ┌───┬────┬────┬──┬─┬──┬──┬───┐ │レベル│  資金│  総石|威信|国│ 城| 将│  兵│ ├───┼────┼────┼──┼─┼──┼──┼───┤ │天下人│ 2880│ 8万石│ 7| 0│ 3| 3│ 6126│ └───┴────┴────┴──┴─┴──┴──┴───┘ ☆天下統一目前:1553年(天文二十二年)秋上旬 - 戦略フェイズ 当主:村上義清 (齢:53 評:10 武:25 統:17 智:21 政:10) 姫:名井(30歳)、北城(20歳)、丙姫(34歳)、振姫(35歳)、御長(13歳)、青 子(19歳) ┌───┬────┬────┬──┬─┬──┬──┬───┐ │レベル│  資金│  総石|威信|国│ 城| 将│  兵│ ├───┼────┼────┼──┼─┼──┼──┼───┤ │天下人│ 7557962│1964万石│ 20|65│ 596| 697│180000│ └───┴────┴────┴──┴─┴──┴──┴───┘ ############################################################################### ●2008-06-13 (1日目・1年目) ############################################################################### 1541年(天文十年)冬上旬 ・兵練を全布陣・全編成を槍隊に変更し、維持費を4870→0に軽減。 ・船舶の運用を全布陣・全編成を小早に変更し、維持費11300→0に軽減。 ・山内上杉家に使者を派遣する。 ・手始めに、高梨一族の居城・小館城へ出陣。  農兵動員は、村上義清は少数、外様の香坂筑前守は多数動員する。 ・小館城を強襲により落城させる。 ------------------------------------------------------------------------------- 1542年(天文十一年)冬下旬 ・長尾家から不戦同盟締結の申し出が参り、受諾する。 ・山内上杉家に臣従の申し入れ、従属する。  当家が山内上杉家に従属したことで、長尾家との不戦同盟は解消される。 ・海野一族の居城・戸石城(武田家)へ出陣。  農兵動員は、村上義清は少数、外様の香坂筑前守は多数動員する。 *山内上杉家が武田家の小諸城を落城させる。 ・戸石城にて野戦に勝利した後、強襲により落城させる。 1542年(天文十一年)春上旬 ・山内上杉家が当家に婚姻(茶気姫(17才))を申し込んで参り、受諾する。 ・長尾家に使者を派遣する。 ・小笠原家の居城・林城へ出陣。  農兵動員は、村上義清も外様の香坂筑前守共に多数動員する。 *武田家が小諸城を落城させる。 ・林城にて野戦に勝利した後、強襲により落城させる。 1542年(天文十一年)春下旬 ・長尾家に使者を派遣する。 ・藤沢一族の居城・龍ヶ崎城へ出陣。  農兵動員は、村上義清は少数、外様の香坂筑前守は多数動員する。 ・龍ヶ崎城を強襲により落城させる。 *山内上杉家が武田家の小諸城を落城させる。 1542年(天文十一年)夏上旬 ・木曽一族に使者を派遣する。 ・高遠諏訪一族の居城・高遠城へ出陣。  農兵動員は、村上義清は無し、外様の香坂筑前守は多数動員する。  直轄地が増えたので、当主の軍勢は直属だけでも800程度の兵がいる。 ・高遠城を強襲により落城させる。 *武田家が小諸城を落城させる。 1542年(天文十一年)夏下旬 ・木曽一族に使者を派遣する。 *近隣では、武田家と今川家が軍事同盟を締結する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  然しながら、忍者戦に敗退した為、隠密からの連絡が途絶えてしまう。 ・武田家の船山城へ出陣。  農兵動員は、村上義清は無し、外様の香坂筑前守は少数動員する。 ・林城を諏訪家に攻められるも落城はせず。  兵糧残り僅か!? *山内上杉家が武田家の小諸城を落城させる。 ・舟山城を強襲により落城させる。 1542年(天文十一年)秋上旬 ・各地で凶作になる。  信濃国も凶作・・・。 ・楽巌寺雅方が当家に仕官する。 ・飛騨国田中城の広瀬一族(当主・広瀬利治)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・木曽一族、松尾小笠原一族に使者を派遣する。 ・盟主・山内上杉家の小諸城へ出陣。  小諸城の支配権を武田家と山内上杉家の両家が交互に得ているので、次は武田家が落 城させると見越しての出陣。 *武田家が小諸城を落城させる。 ・小諸城を強襲により落城させる。 1542年(天文十一年)秋下旬 ・諏訪一族に使者を派遣する。 ・信濃国福島城の木曽一族(当主・木曽義在)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・武田家の内山城(城主・飯富虎昌(従))へ出陣。 ・内山城にて武田家との野戦に勝利した後、付城を普請する。 1542年(天文十一年)冬上旬 ☆村上家の信濃国における支配率が76%(1ヶ国支配)となり、戦国大名へ格上げとなる。 ・家臣への引き立てを行い、木曽一族(当主・木曽義在)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、香坂一族(当主・香坂筑前守)が当家の譜代となる。 ・木曽義在を宿老に任命する。 ・楽巌寺雅方を軍師に任命する。 ・兵練を行い、今年の兵練基準を変更する。  車掛の布陣の四隊編成(騎馬隊、槍隊、槍隊、弓隊)と八隊編成(騎馬、槍隊、槍隊 、弓隊、槍隊、弓隊、槍隊、槍隊)の変更を行う。 ############################################################################### ●2008-06-14 (2日目・2年目) ############################################################################### ・信濃国松尾城の松尾小笠原一族(当主・小笠原信貴)に臣従の通達を送り、当家の外 様になる。 ・信濃国内山城の飫富一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・飛騨国桜洞城の高山一族(当主・高山外記)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・飛騨国桜洞城を鷲山土岐家に攻められ落城する。  城主・高山外記は幸い本城の葛尾城へと逃げ延びる。 ------------------------------------------------------------------------------- 1543年(天文十二年)冬下旬 ・高梨一族(当主・高梨政頼)が御家再興を果たし、信濃国小館城を奪われる。 ・信濃国小館城の高梨一族(当主・高梨政頼)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・鷲山土岐家に使者を派遣し、和議が成立する。 ・越後長尾家に使者を派遣し、不戦同盟が成立。  以前より長尾家から使者が訪れていたので親密な関係にある。 ・信濃国内山城の飯富一族に使者を派遣する。 ・武田家の内山城(城主・飯富虎昌(従))へ出陣。 ・諏訪一族の居城・上原城へ出陣。 ・内山城を強襲により落城させる。 ・上原城に付城を普請する。 ・内山城を武田家に攻められ落城する。 1543年(天文十二年)春上旬 ・当家と武田家とのわだかまりが深まる。 ・甲斐国で疫病が流行する。  武田家の主要な武将たちは病で動けない。  疫病発生国にいる武将全員が病になるなんて、嬉しい筈だが喜べない・・・。 ・鷲山土岐家に使者を派遣する。 ・幕府に使者を派遣する。 ・上原城に兵糧の略奪を仕掛け成功する。 ・武田家の内山城へ出陣。 ・諏訪一族の居城・上原城へ出陣。 ・内山城を計略により落城させる。 ・上原城を計略により落城させる。 1543年(天文十二年)春下旬 ・平瀬義兼が当家に仕官する。 ・楽巌寺雅方に俸禄3000貫を与える。 ・当家隠密がいずこかの手の者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家に内応を企てていたことが発覚。 ・武田家の信濃国海ノ口城へ出陣。 ・武田家の甲斐国獅子吼城へ出陣。 ・信濃国海ノ口城を包囲により落城させる。 ・甲斐国獅子吼城を包囲により落城させる。 1543年(天文十二年)夏上旬 ・幕府に使者を派遣する。 ・北条家に使者を派遣する。 ・甲斐国韮崎城へ出陣。 ・甲斐国韮崎城を強襲により落城させる。 1543年(天文十二年)夏下旬 ・独立豪族の姉小路時親が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・金丸虎義が当家に仕官する。 *近隣では、長尾家と山内上杉家が軍事同盟を結ぶ。 ・北条家に使者を派遣する。 ・幕府に使者を派遣する。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・武田家の居城・甲斐国府中城へ出陣。  春上旬に発生した疫病により武田家の多くの武将は病に伏せていたが夏下旬には癒え ていた。 ・甲斐国府中城にて野戦に勝利した後、付城を普請する。 1543年(天文十二年)秋上旬 ・北条家に使者を派遣する。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・幕府に使者を派遣する。 ############################################################################### ●2008-06-15 (3日目・2年目) ############################################################################### ・甲斐国府中城へ出陣。 ・甲斐国府中城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。  原虎胤、山本勘助、飯富虎昌らが降参、家臣として登用する。  他武将たちは甲斐国御坂城へと退却。 1543年(天文十二年)秋下旬 ・香坂筑前守が、不作のため援助(9000貫)を求め、応じる。 ・山本勘助を軍師に任命する。 ・北条家に使者を派遣する。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・幕府に使者を派遣する。 ・苗木遠山一族の居城・美濃国苗木城へ出陣。 ・武田家の甲斐国岩殿城へ出陣。 *甲斐国岩殿城を北条家が落城させる。 ・美濃国苗木城を強襲により落城させる。 ・甲斐国岩殿城を包囲により落城させる。  出陣の順番が先だった北条家が落城させていたので、当家と北条家が交戦状態になる。 1543年(天文十二年)冬上旬 ・家臣への引き立てを行い、高梨一族(当主・高梨政頼)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、松尾小笠原一族(当主・小笠原信貴)が当家の譜代となる。 ・兵練を行い、今年の兵練基準を変更する。  車掛の布陣の四隊編成(騎馬隊、槍隊、騎馬隊、弓隊)と八隊編成(騎馬、槍隊、騎 馬隊、弓隊、槍隊、弓隊、騎馬隊、騎馬隊)の変更を行う。  横陣の布陣の四隊編成(騎馬隊、弓隊、槍隊、弓隊)と八隊編成(騎馬、槍隊、槍隊 、槍隊、弓隊、弓隊、騎馬隊、弓隊)の変更を行う。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・三河国の奥平一族に使者を派遣する。 ・幕府に使者を派遣する。 ・岩村遠山一族の居城・美濃国岩村城へ出陣。 ・武田家の甲斐国下山城(城主・穴山信友)へ出陣。 ・武田家の甲斐国谷村城(城主・小山田信有)へ出陣。 ・美濃国岩村城を包囲により落城させる。 ・甲斐国下山城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・武田家の甲斐国谷村城を強襲により落城させる。 ------------------------------------------------------------------------------- 1544年(天文十三年)冬下旬 ・幕府に使者を派遣する。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・今川家の遠江国犬居城へ出陣。 ・田峯菅沼一族の居城・三河国田峯城へ出陣。 ・武田家の居城・甲斐国御坂城へ出陣。 *三河国田峯城を今川家が落城させる。 ・遠江国犬居城を包囲により落城させる。 ・三河国田峯城を包囲により落城させる。 ・甲斐国御坂城に付城を普請する。  包囲により容易に落城可能だが、御家再興をされては厄介なので5千石弱の城に閉じ 込めておく。  また、矢沢信綱、板垣信方、小幡虎盛、工藤源左衛門、駒井政武、甘利虎泰らといっ た有能な武将がいるのでそのうち引き抜こう。 1544年(天文十三年)春上旬 ・屋代政国が当家に仕官する。 ・原虎胤に俸禄4000貫を与える。  俸禄倍増で忠制心が9→24になった。 ・幕府に使者を派遣する。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・今川家の遠江国二俣城(城主・松井宗信)へ出陣。 ・遠江国二俣城に城の破壊を仕掛け成功する。 ・遠江国二俣城を強襲により落城させる。 1544年(天文十三年)春下旬 ・松平忠次、須田信正らが当家に仕官する。 ############################################################################### ●2008-06-16 (4日目・3年目) ############################################################################### ・村上義清を遠江国犬居城へ駐留させる。 ・今川家の三河国長篠城(城主・菅沼元貞(従))へ出陣。 ・今川家の遠江国掛川城(城主・朝比奈泰能)へ出陣。 ・三河国長篠城にて野戦に勝利した後、包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城さ せる。 ・遠江国掛川城にて野戦に勝利した後、包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城さ せる。 1544年(天文十三年)夏上旬 ・武田家の居城・甲斐国御坂城へ出陣。 ・今川家の遠江国久野城(城主・久野忠宗)へ出陣。 ・今川家の遠江国井伊谷城(城主・井伊直宗(従))へ出陣。 ・甲斐国御坂城に付城を普請(2→4)する。 ・遠江国久野城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・遠江国井伊谷城を強襲により落城させる。 1544年(天文十三年)夏下旬 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・今川家の遠江国曳馬城(城主・飯尾乗連)へ出陣。 ・今川家の三河国野田城(奥平一族の所領)へ出陣。 ・遠江国曳馬城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・三河国野田城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 1544年(天文十三年)秋上旬 ・遠江国、三河国が凶作になる。 *扇谷上杉家が滅亡。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・信濃国の真田一族(山内上杉家外様)に使者を派遣する。 *今川家と北条家が軍事同盟を締結する。 ・今川家の三河国作手城(城主・奥平貞勝(従))へ出陣。 ・今川家の遠江国高天神城(城主・小笠原春義)へ出陣。 ・三河国作手城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・遠江国高天神城を強襲により落城させる。 1544年(天文十三年)秋下旬 ・仁科盛明が当家に仕官する。 ・香坂筑前守が、不作のため援助(4000貫)を求め、応じる。 ・小笠原信貴が、不作のため援助(5000貫)を求め、応じる。 *古河公方家が滅亡。 ・武田家の居城・甲斐国御坂城へ出陣。 ・今川家の三河国吉田城(城主・大原資良)へ出陣。 ・今川家の三河国岡崎城(城主・関口氏録)へ出陣。 ・甲斐国御坂城に付城を普請(4→6)する。 ・三河国吉田城を強襲により落城させる。 ・三河国岡崎城を強襲により落城させる。 1544年(天文十三年)冬上旬 ・小笠原一族が敵に内応を通じていることが発覚するが討伐はせずに許す。  内応を唆してきた山内上杉家との外交関係が悪化し、交戦状態に陥る。  当家の総石高が主家を上回ったことだし、そろそろ臣従関係を解消しようかと考えて いた矢先の出来事──。  外交フェイズの同盟・不戦の破棄コマンドを実行した場合、両家の外交関係が悪化しし 、当家の威信も低下する恐れがある。  そのことを踏まえて考えると、小笠原一族の命がけの工作だったと思えて神懸り的な タイミングで発生した。 *鉄砲が伝来する。 *松平家が滅亡。 ・飯富虎昌を信濃国小諸城の城主に任ずる。 ・原虎胤を甲斐国府中城の城主に任ずる。 ・兵練を行い、今年の兵練基準を変更する。  横陣の布陣の四隊編成(騎馬隊、鉄砲隊、槍隊、鉄砲隊)と八隊編成(騎馬、槍隊、 槍隊、槍隊、鉄砲隊、鉄砲隊、騎馬隊、鉄砲隊)の変更を行う。  魚鱗の布陣の四隊編成(騎馬隊、弓隊、槍隊、槍隊)と八隊編成(騎馬、槍隊、騎馬隊 、騎馬隊、弓隊、弓隊、弓隊、弓隊)の変更を行う。  車掛の布陣は、長期に戦えるよう以前(初期状態)のままとする。鉄砲を配備すると 、雨天時に痛い目を見るので・・・。 ・長尾家が当家に婚姻(早河姫(7才))を申し込んで参り、受諾する。 ・原虎胤を宿老に任命する。 ・遠江国曳馬城に駐留していた、村上義清を帰還させる。 ・今川家の三河国田原城へ出陣。 ・今川家の駿河国深沢城へ出陣。 ・今川家の駿河国川入城へ出陣。 ・山内上杉家の上野国松井田城(城主・安中忠政(従))へ出陣。 ・山内上杉家の上野国岩櫃城(城主・斉藤憲広(従))へ出陣。 ・上杉晴直が、上野国岩櫃城から信濃国小館城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・三河国田原城を強襲により落城させる。 ・駿河国深沢城を包囲により落城させる。 ・駿河国川入城を包囲により落城させる。 ・上野国松井田城を包囲により落城させる。 ・上野国岩櫃城を包囲により落城させる。 ------------------------------------------------------------------------------- 1545年(天文十四年)冬下旬 ☆村上家の総石高が100万石(丁度)になり、地方覇者へ格上げとなる。 ・上野国の箕輪長野一族(山内上杉家外様)に使者を派遣する。 ・信濃国の真田一族(山内上杉家外様)に使者を派遣する。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・幕府に使者を派遣する。 ・今川家の三河国上ノ郷城(城主・鵜殿長持)へ出陣。 ・今川家の駿河国葛山城(城主・葛山氏元)へ出陣。 ・山内上杉家の上野国白井城(城主・長尾憲景(従))へ出陣。 ・山内上杉家の上野国国峯城(城主・小幡憲重(従))へ出陣。 ・上杉憲政が、上野国国峯城から上野国松井田城に攻め入られるも迎撃に成功する。  敵武将を全て敗走に追いやったので山内上杉家の損害は多いだろう。 ・三河国上ノ郷城に付城を普請する。 ・駿河国葛山城を強襲により落城させる。 ・上野国白井城包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。  長野業正が長野道安を引き連れて出張って来たので危ういかと思いきや、武勇に勝る 村上義清の突撃で撃退する。 ・上野国国峯城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に仁科盛明が敗走する。合流していた高山外記も共に敗走・・・。 1545年(天文十四年)春上旬 *近隣では、長井一族が鷲山土岐家から独立する。 *赤井家が滅亡。 ############################################################################### ●2008-06-17 (5日目・4年目) ############################################################################### ※多忙により、本日以降は以前よりも天下統一Xをプレイする時間が減る。 ・屋代政国に俸禄4000貫を与える。  俸禄倍増で忠制心が9→22になった。 ・幕府に使者を派遣する。 ・信濃国の真田一族(山内上杉家外様)に使者を派遣する。 ・遠江国の教来石一族(武田家外様)に使者を派遣する。 ・今川家の駿河国長窪城へ出陣。 ・今川家の三河国上ノ郷城(城主・鵜殿長持)へ出陣。 ・山内上杉家の上野国沼田城(城主・沼田顕泰(従))へ出陣。  沼田顕泰は、先の山内上杉家との松井田城の攻防にて、敗走に追いやり負傷している ので、その隙に付城でも築いておこう。 ・山内上杉家の上野国和田城(城主・和田信輝(従))へ出陣。 ・山内上杉家の居城・上野国平井城へ出陣。 ・山内上杉家の真田幸綱に対して内通を行い成果を得る。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、北条家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化。 ・上野国沼田城を強襲により落城させる。 ・駿河国長窪城を包囲により攻略する。 ・三河国上ノ郷城に付城を普請(2→4)する。 ・上野国和田城を強襲により落城させる。 ・上野国平井城に付城を普請する。  城郭レベルは5と低いが兵糧数がとても多く、大部隊が篭城しているが兵糧攻めだと 3フェイズは要しそう。  強襲する場合にはこちらも大部隊が必要になる。 1545年(天文十四年)春下旬 ・独立豪族の江馬時盛が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・菅沼定勝、小原隆言らが当家に仕官する。  菅沼定勝は、今作でも仕官して直ぐに不満を漏らす・・・。 ・菅沼定勝に俸禄2000貫を与える。  俸禄倍増で忠制心が6→19になった。 *近隣では、山内上杉家と長尾家が軍事同盟を結ぶ。 ・幕府に使者を派遣する。 ・今川家の駿河国興津城(城主・興津清房)へ出陣。 ・山内上杉家の居城・上野国平井城へ出陣。 ・山内上杉家の上野国金山城(城主・横瀬成繁(従))へ出陣。 ・山内上杉家の上野国厩橋城(城主・長野道安(従))へ出陣。 ・今川家の三河国上ノ郷城(城主・鵜殿長持)へ出陣。 ・上野国平井城に城の破壊を仕掛け成功する。 ・三河国上ノ郷城に付城を普請(4→6)する。 ・上野国平井城を強襲により落城させる。 ・上野国金山城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・駿河国興津城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・上野国厩橋城を強襲により落城させる。 1545年(天文十四年)夏上旬 ・当家と山内上杉家のわだかまりが深まる。 *近隣では、武蔵国忍城の成田長泰が山内上杉家から独立する。 ・苗木遠山一族(当主・遠山直兼)が御家再興を果たし、美濃国苗木城を奪われる。 ・秋山信友、沢渡盛方らが当家に仕官する。 ・当家の築城法が進歩。 *小早川家が滅亡。 *近隣では、長尾家と山内上杉家が婚姻関係を結ぶ。 ・武蔵国忍城の成田一族(当主・成田長泰)に臣従の通達を送り外様になる。 ・北条家に使者を派遣し、和議が成立する。 ・幕府に使者を派遣する。 ・今川家の居城・駿河国府中城へ出陣。 ・山内上杉家の居城・上野国館林城へ出陣。 ・山内上杉家の上野国桐生城(城主・桐生助綱(従))へ出陣。 ・苗木遠山一族の居城・美濃国苗木城へ出陣。 ・今川家の三河国上ノ郷城(城主・鵜殿長持)へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外 交関係が悪化する。 ・三河国上ノ郷城に付城を普請(6→8)する。 ・駿河国府中城にて野戦に勝利した後、計略により落城させる。  駿河国府中城は、町規模・鉱山共にとても大きく、豊かな収入が期待できるので直轄 地して治めよう。 ・美濃国苗木城を城攻めの前に、遠山直兼が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、江馬時盛が敗走する。 ・上野国館林城にて野戦に勝利した後、強襲により落城させる。 ・上野国桐生城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、楽巌寺雅方が敗走する。合流していた屋代政国も共に敗走・・・。 1545年(天文十四年)夏下旬 ・高遠諏訪一族(当主・高遠頼継)が御家再興を果たし、信濃国高遠城を奪われる。 ・臣従の上野国箕輪城の箕輪長野一族(当主・長野業正)が山内上杉家を離反して独立 する。 ・臣従の信濃国真田城の真田一族(当主・真田幸綱)が山内上杉家を離反して当家の家 臣になる。 ・飯富虎昌の一族・飯富昌景が当家の家臣に加わる。 ・高橋重種が当家に仕官する。 ############################################################################### ●2008-06-18 (6日目・4年目) ############################################################################### ・上野国箕輪城の箕輪長野一族(当主・長野業正)に臣従の通達を送り、当家の外様に なる。 ・幕府に使者を派遣する。 *島津家が大友家に従属し、この時点で大友家(167万石)が九州をほぼ掌握する。 ・今川家の居城・駿河国花沢城へ出陣。 ・高遠諏訪一族の居城・信濃国高遠城へ出陣。 ・山内上杉家の居城・下野国唐沢山城へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、山内上杉 家と絶縁する。 ・信濃国高遠城を強襲により落城させる。 ・駿河国花沢城を強襲により落城させる。  落城の際に、敵の総大将・今川義元が切腹する。  今川家の直属領(淡路国岩屋城と洲本城、紀伊国雑賀城)が全て当家のものになる。  主を失った今川家の城主や外様達は、それぞれ独立して豪族になる。 ・下野国唐沢山城を強襲中、唐沢山城に篭城した敵の武将達が、城を開け渡すので逃し てくれと申し出、受け入れる。  開城の際に、上杉静賢が降参、家臣として登用する。 1545年(天文十四年)秋上旬 *各地で凶作になる。  当家の所領では、下野国、遠江国、三河国が凶作になる。 ・臣従の飛騨国帰雲城の内ヶ島一族(当主・内ヶ島氏利)が鷲山土岐家を離反して当家 の家臣になる。 ・安宅宗景が当家に仕官する。 ★この時点で、村上家の総石高が167万石になり第一位になった。  1:村上家(167万石)、2:大友家(166万石)、3:朝倉家(138万石)、4:北条家(101 万石)、5:尼子家(88万石) ・幕府に使者を派遣する。 ・三河国安祥城の武田一族(当主・武田無人斎)に臣従の通達を送り外様になる。 ・尾張国鳴海城の太原一族(当主・太原雪斎)に臣従の通達を送り外様になる。 ############################################################################### ●2008-06-19 (7日目・4年目) ############################################################################### ・佐治一族の居城・尾張国大野城へ出陣。 ・鵜殿一族(元・今川家)の三河国上ノ郷城(城主・鵜殿長持)へ出陣。 ・山内上杉家の下野国足利城(城主・長尾憲長)へ出陣。 ・山内上杉家の居城・下野国皆川城へ出陣。 ・武田家の居城・甲斐国御坂城へ出陣。  1543年の冬下旬ごろから武田家を閉じ込めていたが、武将の引き抜きが実行できない ので倒してしまおうと考えを改めた。  もっとも家臣にしたい教来石景政は、独立豪族になればすんなり当家に従うだろう。  他の家臣たちは、運が良ければ当家に仕官してくれるだろう・・・。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外 交関係が悪化する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外 交関係が悪化する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、山内上杉 家と絶縁する。 ・北条家の北条綱成が、伊豆国矢崎城から三河国田原城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・甲斐国御坂城を計略により落城させる。 ・三河国上ノ郷城を包囲する。  今回のペースだとまだ2〜3フェイズは必要。 ・尾張国大野城を城攻めの前に、佐治清興が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、小笠原信貴が敗走する。 ・下野国皆川城を強襲により落城させる。 ・足利城を強襲により落城させる。 1545年(天文十四年)秋下旬 ・三河国の独立豪族の鵜殿長持が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・臣従の下野国小山城の小山一族(当主・小山高朝)が結城家を離反して当家の家臣と なる。 ・沼田顕泰、瀬名氏俊、小幡虎盛、大井貞清らが当家に仕官する。 ・原虎胤が、不作のため援助(12000貫)を求め、応じる。 ・香坂筑前守が、不作のため援助(12000貫)を求め、応じる。 ・小笠原信貴が、不作のため援助(3000貫)を求め、応じる。 ・原虎胤に俸禄4000貫を与える。  俸禄倍増で忠制心が9→22になった。 ・原虎胤に俸禄7000貫を与える。  俸禄倍増で忠制心が9→20になった。 ・遠江国諏訪原城の教来石一族(当主・教来石景政)に臣従の通達を送り、当家の外様 になる。 ・幕府に使者を派遣する。 ・朝倉家に使者を派遣する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、山内上杉 家と絶縁する。 ・北条家の伊豆国韮山城へ出陣。 ・北条家の武蔵国鉢形城へ出陣。 ・山内上杉家の下野国壬生城へ出陣。 ・北条家の武蔵国葛西城へ出陣。 ・北条氏康が武蔵国天神山城から上野国平井城に攻め入られるも迎撃に成功する。  当主の義清と10人の侍大将で迎撃に出る。侍大将の部隊数を合流で5部隊に減らし、2 部隊は兵数を多くして鉄砲隊として使用。  伏兵を左右最前列に配置し、後方から2部隊の鉄砲、中央に当主・義清が陣取る態勢 で迎撃する。 ・武蔵国葛西城を計略中に後詰が押し寄せ来たので退却する。 ・下野国壬生城を計略と強襲により落城させる。 ・伊豆国韮山城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、教来石景政が敗走する。 ・鉢形城を強襲により落城させる。 1545年(天文十四年)冬上旬 ・城生斎藤一族(当主・斎藤藤次郎)が御家再興を果たし、越中国城生城を奪われる。  当家の外様・江馬時盛の所領だったので、無能武将の俸禄が減って喜ばしいかも? ・慶徳元経、蒲原氏徳、酒井忠尚、松井忠次、平手政秀、海野幸光、矢沢頼綱、小島職鎮 、田屋明政、行松正盛、川副久盛、鎌田光久らが当家に仕官する。 ・船舶の運用を行い、今年の船舶の運用基準を変更する。  横陣の布陣の四隊編成(安宅船、関船、小早、関船)と八隊編成(安宅船、小早、小早 、小早、関船、関船、安宅船、関船)の変更を行う。  車掛の布陣の四隊編成(安宅船、小早、安宅船、関船)と八隊編成(安宅船、小早、 安宅船、関船、小早、関船、安宅船、安宅船)の変更を行う。 ############################################################################### ●2008-06-20 (8日目・5年目) ############################################################################### ・兵練を行い、今年の兵練基準を変更する。  魚鱗の布陣の四隊編成(騎馬隊、鉄砲隊、槍隊、槍隊)と八隊編成(騎馬、槍隊、騎 馬隊、騎馬隊、鉄砲隊、鉄砲隊、鉄砲隊、鉄砲隊)の変更を行う。 ・家臣への引き立てを行い、箕輪長野一族(当主・長野業正)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、教来石一族(当主・教来石景政)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、武田一族(当主・武田無人斎)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、太原一族(当主・太原雪斎)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、真田一族(当主・真田幸綱)が当家の譜代となる。  毎フェイズでCPを結構消費して次フェイズに貯金することをあまり考えてなかった ので、満足な人事が行えず・・・。  年一度の人事に備え、来年の冬はCPを多目に貯金しておこう。 ・平手政秀を宿老に任命する。  天下統一Xの”ユーザーズマニュアル”には、宿老や軍師の任命に関する情報が書か れてない。  やっぱり宿老に任命する武将は政治力、軍師なら智謀の能力値が重要なのだろうか? それとも評価(武将のレベル)だとか? ・被害対策の確保(被害対策3)を行う。  被害対策の資金は、掛け捨てだが現状では最大でも1500貫程度なので、現在の当家の 収支を考えるととっても安いものだろう。 ・太原雪斎の居城変更を行う。  尾張国鳴海城の町規模は大変大きくそれひとつだけで国ひとつの町規模に匹敵する。  太原雪斎が所有する尾張国鳴海城を直轄地化し、代わりに三河国田峯城と野田城を与 える。 ・北条家の武蔵国松山城へ出陣。 ・北条家の相模国小田原城へ出陣。 ・山内上杉家の下野国宇都宮城へ出陣。 ・大原一族(当主・大原資良)の居城・尾張国蟹江城へ出陣。 ・北条家の武蔵国天神山城へ出陣。 ・北条氏康が、武蔵国深谷城から武蔵国鉢形城に攻めて来たので迎撃に出る。  野戦にて決着が付かず、敵方の総大将・北条氏康が一騎討ちを申し出、受けて立ち勝 利する。  この戦いで北条氏康に傷を負わせる。 ・武蔵国天神山城を包囲により落城させる。 ・武蔵国宇都宮城を包囲により落城させる。 ・尾張国蟹江城を城攻めの前に、大原資良が降参、降参を承知する。  このターンで、尾張今川一族(当主・今川氏豊)の居城だった尾張国那古野城を攻め 落としていたらしく、不本意ながら那古野城が外様の城になる。  那古野城から得られる収入は大きいので、譜代化した暁にはどこか適当に転封し よう・・・。 ・相模国小田原城に付城を普請する。 ・武蔵国松山城を包囲により落城させる。 ------------------------------------------------------------------------------- 1546年(天文十五年)冬下旬 ・臣従の尾張国緒川城の水野一族(当主・水野信元)が織田家を離反して当家の家臣に なる。 ・三浦左衛門尉が病に伏せる。 ・長尾憲景、内藤康行、佐々政次、大井政継、宇津頼高、池田信正、芦田秀家らが当家 に仕官する。 ・内藤康行が当家から出奔する。  仕官して直ぐに出奔かよ!?  本作では、仕官してくる武将の忠誠度がとても低いように思うが気のせいか?  また、家臣武将達の忠制度も毎フェイズ下がるのも気のせいか?他国の工作なのか??  忠誠心が10以下だと出奔する可能性がかなり高いので、覇者になるまでの間は仕官し てすぐ出奔が相次ぐだろう・・・。 ############################################################################### ●2008-06-21 (9日目・5年目) ############################################################################### ・須田信正に俸禄4000貫を与える。 ・沢渡盛方に俸禄1000貫を与える。 ・佐々政次に俸禄3000貫を与える。 ・慶徳元景に俸禄3000貫を与える。 ・大井貞清に俸禄2000貫を与える。 ・平瀬義兼に俸禄7000貫を与える。 ・山本勘助に俸禄7000貫を与える。 ・金丸虎義に俸禄6000貫を与える。 ・小幡虎盛に俸禄7000貫を与える。 ・幕府に使者を派遣する。 ・朝倉家に使者を派遣する。 ・大井政継、大井貞清らを飯富虎昌の寄騎に任ずる。 ・沼田顕泰、長尾憲景、上杉静賢らを長野業正の寄騎に任ずる。 ・北条家の伊豆国山中城へ出陣。 ・北条家の武蔵国河越城へ出陣。 ・北条家の武蔵国騎西城へ出陣。 ・北条家の武蔵国羽生城へ出陣。 ・壬生一族(当主・壬生綱房)の居城・下野国鹿沼城へ出陣。 ・近藤一族(当主・近藤景春)の居城・尾張国沓掛城へ出陣。 ・武蔵国羽生城を包囲により落城させる。 ・武蔵国騎西城を包囲により落城させる。 ・武蔵国河越城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・伊豆国山中城を包囲により落城させる。 ・尾張国沓掛城を城攻めの前に、近藤景春が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・下野国鹿沼城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、佐々政次、瀬名氏俊の合流部隊が敗走する。合流していた松平忠次が 負傷する。 ・北条家が小田原城付城に攻めて来て付城を破壊する。 ・織田家が尾張国沓掛城に攻めて来て落城させる。  織田家と攻撃目標が重なった為に織田家と交戦状況になる。 1546年(天文十五年)春上旬 ・臣従の美濃国兼山城の斉藤大納言一族(当主・斉藤正義)が斉藤家を離反して当家の 家臣になる。 ・臣従の美濃国堂洞城の岸一族(当主・岸信周)が鷲山土岐家を離反して当家の家臣に なる。 ・臣従の美濃国鉈尾山城の鉈尾山佐藤一族(当主・佐藤秀信)が鷲山土岐家を離反して 当家の家臣になる。 ・臣従の美濃国篠脇城の東一族(当主・東常慶)が鷲山土岐家を離反して当家の家臣に なる。 *岩付太田一族(当主・太田資正)が御家再興を果たし、北条家所領の武蔵国岩付城を 奪う。  北条家討伐も中盤戦、武蔵国の支配率が45%になる頃だったので、岩付太田一族の御 家再興は頃合を見計らった様な出来事だった。  江戸太田一族は北条家が取り込んでいるのが、岩付太田一族は当家が是非取り込み たい・・・。 ・佐野豊綱、長野道安、和田信輝、伊丹康直、内藤清長、今井信良、米倉重継、山吉政久 、粟屋光若、鎌田政年、新納康久らが当家に仕官する。 ・長野道安、山吉政久らが当家から出奔する。 ・伊丹康直に俸禄1000貫を与える。 ・今井信良に俸禄4000貫を与える。 ・武蔵国岩付城の岩付太田一族(当主・太田資正)に臣従の通達を送り、当家の外様に なる。 ・幕府に使者を派遣する。 ☆長年の幕府への貢献を讃えられ、公方様より守護を授かる。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、北条家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、北条家と絶縁 する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、北条家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、北条家と絶縁 する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、織田家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、織田家と絶縁 する。 ############################################################################### ●2008-06-22 (10日目・5年目) ############################################################################### ・北条家の下総国古河城へ出陣。 ・北条家(当主・北条氏康)の居城・相模国小田原城へ出陣。 ・織田家の尾張国沓掛城へ出陣。 ・織田家の尾張国古渡城へ出陣。 ・北条家の相模国津久井城へ出陣。 ・山内上杉家の下野国氏家城へ出陣。 ・鷲山土岐家の飛騨国桜洞城へ出陣。 ・鷲山土岐家の美濃国関城へ出陣。 ・北条家の下総国小金城へ出陣。 ・北条氏康が、下総国関宿城から武蔵国騎西城に攻めて来たので迎撃に出る。嵐の為、 寄せてが退却する。  晴れていれば数千の鉄砲隊で勝利できたろうが、雨天続きだったので嵐に救われた。 ・尾張国沓掛城を包囲により落城させる。 ・飛騨国桜洞城を包囲により落城させる。 ・尾張国古渡城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・下総国小金城を包囲により落城させる。 ・相模国津久井城を包囲により落城させる。 ・美濃国関城を包囲により落城させる。 ・下野国氏家城を包囲により落城させる。 ・下総国古河城を包囲により落城させる。 ・相模国小田原城にて野戦に勝利した後、付城を普請する。 1546年(天文十五年)春下旬 ・遠藤胤縁(外様・東常慶の寄騎)が病に伏せる。 ・田村隆顕、武田信政、興津清房、三浦元政、酒井政家、石川広成、遊佐長教、五条鑑量 、伊地知重武らが当家に仕官する。 *宇都宮家が滅亡。 ・海野幸光、矢沢頼綱らを真田幸綱の寄騎に任ずる。 ・和田信輝を長野業正の寄騎に任ずる。 ・伊丹康直、蒲原氏徳、興津清房、三浦元政らを太原雪斎の寄騎に任ずる。 ・織田家の尾張国勝幡城へ出陣。 ・山内上杉家の下野国大田原城へ出陣。 ・北条家の武蔵国江戸城(城主・富永康長)へ出陣。 ・北条家の下総国国国府台城へ出陣。 ・鷲山土岐家の美濃国大桑城へ出陣。 ・北条家の武蔵国滝山城(城主・大石定久)へ出陣。 ・北条家の武蔵国葛西城へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外 交関係が悪化する。 ・北条家が小田原城付城に攻めて来て付城を破壊する。 ・美濃国大桑城を強襲により落城させる。 ・下野国大田原城を包囲により落城させる。 ・尾張国勝幡城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の水野信元が敗走する。  落城の折に、敵方の総大将・織田信秀とその嫡男・織田信広が切腹する。  しかし、織田家の家督は伊勢国長島城(城主・瀧川一益)にいた親族の織田信光(信 秀の四番目の弟)が受け継ぐ。 ・武蔵国江戸城を強襲により落城させる。 ・武蔵国葛西城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・下総国国府台城を包囲により落城させる。 ・武蔵国滝山城を強襲により落城させる。 1546年(天文十五年)夏上旬 ・鷲山土岐家と当家のわだかまりが深まる。 ・臣従の下野国黒羽篠脇城の大関一族(当主・大関増次)が山内上杉家を離反して当家 の家臣になる。 ・臣従の下野国真岡城の芳賀一族(当主・芳賀高定)が山内上杉家を離反して当家の家 臣になる。 ・大田原資清、長尾景秀、那波宗元、池田恒利、吉江宗信、大月景秀、小原鑑元らが当 家に仕官する。 ・長尾景秀、蒲原氏徳、興津清房、遊佐長教らが当家から出奔する。 ・仁科盛明、沢渡盛方、平瀬義兼らを小笠原信貴の寄騎に任ずる。  ”寄騎として配備された武将は忠誠心が低下します。”とマニュアルに書かれてあ るが・・・  何故だか仁科盛明の忠誠心が9→12に上がった。どういうことだ??  小笠原家の嫡流家の深志小笠原家が存在しない今、分家の松尾小笠原家なら忠節を誓 えるということなのか? ############################################################################### ●2008-06-23 (11日目・5年目) ############################################################################### ・織田家の伊勢国長島城へ出陣。 ・山内上杉家の下野国烏山城へ出陣。 ・原一族(当主・原胤貞)の居城・下総国小弓城へ出陣。 ・北条家の武蔵国世田谷城(城主・吉良頼貞)へ出陣。 ・北条家の下総国佐倉城(城主・駒井政武)へ出陣。 ・鷲山土岐一族(当主・土岐頼芸)の居城・鷲山城へ出陣。 ・北条家の武蔵国稲付城(城主・太田資貞)へ出陣。 ・北条家の相模国足柄城(城主・北条幻庵)へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、織田大和守家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、 外交関係が悪化する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、山内上杉家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外 交関係が悪化する。 ・武蔵国稲付城を強襲により落城させる。 ・下野国烏山城を包囲により落城させる。 ・相模国足柄城を包囲により落城させる。 ・武蔵国世田谷城を包囲により落城させる。 ・美濃国鷲山城を包囲中に、鷲山城に篭城した敵の武将達が、城を開け渡すので逃がし てくれと申し出、受け入れる。 ・下総国小弓城を城攻めの前に、原胤貞が降参するが受け入れず、包囲により落城させる。 ・伊勢国長島城を城攻めするが、日没のために決着が付かず。  数度の計略と一度の強襲で、城郭レベルを17→11にまで下げることができたので、次 回には強襲で落とせそうか? ・下総国佐倉城を包囲により落城させる。 1546年(天文十五年)夏下旬 ・美濃国の独立豪族の長井道利が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・関東地方が旱魃になる。 ・平田宗範、大田原右衛門佐、奥平貞勝、溝口長勝、山崎吉家、前波景定、三淵晴員、 松井正之、吉田重俊、一萬田親実、田原親資、麻生隆守らが当家に仕官する。 ・山崎吉家が当家を出奔する。 *千葉家が滅亡。 ・一萬田親実に俸禄1000貫を与える。 ・一萬田親実に俸禄4000貫を与える。 ・池田恒利に俸禄3000貫を与える。 ・五条鑑量に俸禄2000貫を与える。 ・石川広成に俸禄6000貫を与える。 ・奥平貞勝に俸禄15000貫を与える。 ・北条家の武蔵国小机城(城主・笠原信為)に出陣。 ・北条家の武蔵国深谷城(城主・正木時茂)に出陣。 ・北条家の常陸国多賀谷城(城主・多目元忠)へ出陣。 ・山内上杉家(当主・上杉憲政)の居城・下野国茂木城へ出陣。 ・丁南武田一族の上総国椎津城へ出陣。 ・北条家の下総国関宿城(城主・石巻康保)へ出陣。 ・北条家の常陸国小田城(城主・板垣信方)へ出陣。 ・織田大和守家の尾張国守山城へ出陣。 ・織田家(当主・織田信光)の居城・伊勢国長島城へ出陣。 ・斎藤家の尾張国犬山城(城主・斎藤義龍)へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、織田家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、織田家と断絶 する。 ・尾張国守山城を包囲により落城させる。 ・上総国椎津城を包囲により落城させる。 ・下野国茂木城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、芳賀高定、小山高朝が敗走する。  落城の折に、敵の総大将・上杉憲政が切腹する。  山内上杉家の直属領(陸奥国棚倉城)が当家のものになる。 ・常陸国多賀谷城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・武蔵国深谷城を強襲により落城させる。 ・下総国関宿城を強襲により落城させる。 ・尾張国犬山城を強襲により落城させる。 ・伊勢国長島城を強襲により落城させる。  落城の折に、敵の総大将・織田信光が切腹する。 ・武蔵国小机城を強襲により落城させる。 ・常陸国小田城を強襲により落城させる。 1546年(天文十五年)秋上旬 ・常陸国の独立豪族の水谷政村が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。  水谷家は、常陸国に城を三つ(下館城、真壁城、笠間城)領し、総石高は128000石に 上る。  一時期は常陸国府中城も領していたが、府中城は度々真壁一族との奪い合いで手放し ている。 ・常陸国の独立豪族の菅谷勝貞が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・臣従の美濃国曾根城の稲葉一族(当主・稲葉良通)が斎藤家を離反して当家の家臣に なる。 ・臣従の美濃国北方城の安藤一族(当主・安藤守就)が斎藤家を離反して当家の家臣に なる。 ・各地で凶作になる。 ・大田原右衛門佐が大関高増に改名する。 ・安東友季、皆川成勝、吉良頼貞、灘波田隼人佑、三浦義就、近藤景春、前野宗康、今 井信昌、南条宗勝、宇山久兼、熊谷高直、薦野宗鎮、上村頼孝、山田忠広、菱刈重明ら が当家に仕官する。 ・沼田顕泰、前波景定、芦田秀家、新納康久、菱刈重明らが当家から出奔する。 *小田家が滅亡。 ・武田信政に俸禄2000貫を与える。 ・皆川成勝に俸禄6000貫を与える。 ・前野宗康に俸禄8000貫を与える。 ・高山外記に俸禄11000貫を与える。 ・吉良頼貞に俸禄23000貫を与える。 ・池田信正に俸禄7000貫を与える。 ・上総国万喜城の上総土岐一族(当主・土岐為元)に臣従の通達を送り、当家の外様に なる。 ############################################################################### ●2008-06-24 (12日目・5年目) ############################################################################### ・長尾憲景、和田信輝らを長野業正の寄騎から大名家直属に戻し、奥平貞勝、高山外記 、宇津頼高、麻生隆守らを長野業正の寄騎に任ずる。  寄騎武将に俸禄を与えることができないので、一旦大名家直属に戻して俸禄を与えた 後に再度寄騎に配備し直す。  今回新たに寄騎に加えた武将達は、俸禄が能力に見合わない程高くなっている武将。 寄騎に配備することで俸禄を大幅に下げるのが狙い。 ・金丸虎義、今井信良らを武田無人斎の寄騎に任ずる。  寄騎に配備した二人は、忠誠心が下がることなく大人しく配備されたぞ。武将同士の 相性とかあるのか?? ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、結城家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ############################################################################### ●2008-06-25 (13日目・5年目) ############################################################################### ・斉藤家(当主・斎藤利政)の居城・美濃国稲葉山城へ出陣。 ・斉藤家の尾張国岩倉城へ出陣。 ・丁南武田一族(当主・武田清信)の居城・上総国丁南城へ出陣。 ・土気酒井一族(当主・酒井玄治)の居城・上総国土気城へ出陣。 ・真壁一族の常陸国府中城へ出陣。 ・北条家の相模国玉縄城(城主・北条綱成)へ出陣。 ・織田大和守家(当主・織田達勝)の居城・尾張国清洲城へ出陣。 ・結城家(当主・結城政勝)の居城・下総国結城城へ出陣。 ・尾張国岩倉城を包囲により落城させる。 ・常陸国府中城を包囲により落城させる。 ・上総国丁南城を包囲により落城させる。 ・相模国玉縄城に付城を普請する。 ・上総国土気城を強襲により落城させる。 ・美濃国稲葉山城に付城を普請する。 ・尾張国清洲城にて野戦に勝利した後、付城を普請する。 ・下総国結城城を強襲中に、結城城に篭城した敵の武将達が、城を開け渡すので逃がし てくれと申し出、受け入れる。 1546年(天文十五年)秋下旬 ・佐瀬貞藝、針生盛幸、多賀谷家重、高城胤吉、山川政貞、長尾景盛、藤田重利、富永 康長、瀧川一益、二木重高、朽木晴綱、十市遠勝、赤松村秀らが当家に仕官する。 ・宇津頼高、川副久盛、田原親資らが当家から出奔する。 ・長野業正が、不作のため援助(15000貫)を求め、応じる。 ・教来石景政が、不作のため援助(8000貫)を求め、応じる。 ・武田無人斎が、不作のため援助(18000貫)を求め、応じる。 ・香坂筑前守が、不作のため援助(7000貫)を求め、応じる。 ・小笠原信貴が、不作のため援助(6000貫)を求め、応じる。 ・木曽義在が、不作のため援助(6000貫)を求め、応じる。 ・長尾憲景に俸禄3000貫を与える。 ・藤田重利に俸禄15000貫を与える。 ・和田信輝に俸禄3000貫を与える。 ・安宅宗景に俸禄2000貫を与える。 ・瀧川一益に俸禄6000貫を与える。 ・高城胤吉に俸禄13000貫を与える。 ・奥平貞勝、高山外記、麻生隆守らを長野業正の寄騎から大名家直属に戻し、長尾景盛 、長尾憲景、那波宗元、和田信輝らを長野業正の寄騎に任ずる。 ・溝口長勝、二木重高らを小笠原信貴の寄騎に任ずる。 ・北条家の上総国勝浦城へ出陣。 ・丁南武田一族(当主・武田信清)の居城・上総国真里谷城へ出陣。 ・北条家の相模国玉縄城(城主・北条綱成)へ出陣。 ・北条家の上総国東金城(城主・酒井敏治(従))へ出陣。 ・菅谷一族(当主・菅谷勝貞)の居城・常陸国土浦城へ出陣。 ・織田大和守家(当主・織田達勝)の居城・尾張国清洲城へ出陣。 ・斉藤家(当主・斎藤利政)の居城・美濃国稲葉山城へ出陣。 ・上総国真里谷城にて野戦に勝利した後、計略と包囲により落城させる。 ・上総国勝浦城を強襲により落城させる。 ・相模国玉縄城に付城を普請する。 ・常陸国土浦城を計略により城攻めするが、日没のために決着が付かず。 ・上総国東金城を強襲により落城させる。 ・尾張国清洲城に付城を普請する。 ・美濃国稲葉山城に付城を普請する。 ・北条家が相模国玉縄城付城に攻めて来て付城を破壊する。  付城では後詰野戦は行えないのか?! 1546年(天文十五年)冬上旬 ・臣従の下総国矢作城の国分一族(当主・国分朝胤)が北条家を離反して当家の家臣に なる。 ・臣従の上総国小田喜城の小田喜武田一族(当主・武田直信)が北条家を離反して独立 する。 ・伊豆国で地震が発生する。 ・広田直繁、大石定久、石巻家貞、松平親乗、柴田勝家、犬甘政徳、中条藤資、畠山駿 河守、蜷川親俊、樺山善久らが当家に仕官する。 ・松平忠次、麻生隆守らが当家から出奔する。 ・兵練を行い、今年の兵練基準を変更する。  車掛の布陣の四隊編成(騎馬隊、槍隊、騎馬隊、鉄砲隊)と八隊編成(騎馬、槍隊、 騎馬隊、鉄砲隊、槍隊、鉄砲隊、騎馬隊、騎馬隊)の変更を行う。 ############################################################################### ●2008-06-26 (14日目・6年目) ############################################################################### ・家臣への引き立てを行い、水谷一族(当主・水谷政村)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、上総土岐一族(当主・土岐為元)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、岩付太田一族(当主・太田資正)が当家の譜代となる。 ・被害対策の確保(被害対策3)を行う。 ・石巻家貞に俸禄30000貫を与える。 ・中条藤資に俸禄8000貫を与える。 ・安藤友季に俸禄5000貫を与える。 ・広田直繁に俸禄5000貫を与える。 ・樺山善久に俸禄1000貫を与える。 ・上村頼孝に俸禄3000貫を与える。 ・多賀谷家重に俸禄3000貫を与える。 ・今井信昌に俸禄3000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・吉良頼貞、広田直繁、大石定久、藤田重利、灘波田隼人佑、富永康長、石巻家貞らを 太田資正の寄騎に任ずる。 ・犬甘政徳を小笠原信貴の寄騎に任ずる。 ・多賀谷家重、高城胤吉、山川政貞、皆川成勝、佐野豊綱らを水谷政村の寄騎に任ずる。 ・武田信政を土岐為元の寄騎に任ずる。 ・秋山信友、佐々政次、柴田勝家、瀧川一益、小島職鎮、畠山駿河守らを教来石景政の 寄騎に任ずる。 ############################################################################### ●2008-06-27 (15日目・6年目) ############################################################################### ・織田大和守家(当主・織田達勝)の居城・尾張国清洲城へ出陣。 ・斉藤家(当主・斎藤利政)の居城・美濃国稲葉山城へ出陣。 ・北条家の安房国山之城へ出陣。 ・北条家の相模国河村城(城主・松田憲秀)へ出陣。 ・真壁一族(当主・真壁宗幹)の居城・常陸国水戸城へ出陣。 ・菅谷一族(当主・菅谷勝貞)の居城・常陸国土浦城へ出陣。 ・北条家の相模国玉縄城(城主・北条綱成)へ出陣。 ・北条氏康が、相模国河村城から相模国足柄城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・安房国山之城を包囲により落城させる。 ・常陸国水戸城を強襲により落城させる。 ・常陸国土浦城を包囲により落城させる。 ・相模国河村城を包囲により落城させる。 ・美濃国稲葉山城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、斎藤正義、木曽義在らが敗走する。  落城の折に、敵の総大将・長井利政が切腹する。 ・尾張国清洲城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、水野信元、佐藤秀信らが敗走する。  落城の折に、敵の総大将・織田達勝が切腹する。 ・相模国玉縄城に付城を普請する。 ------------------------------------------------------------------------------- 1547年(天文十六年)冬下旬 ・奥平貞勝が病に伏せる。 ・大山義在、千葉利胤、長尾當長、岩田義幸、佐久間信盛、山内盛豊、中川重成、林道慶 、丸山政知、阿曽沼弘秀らが当家に仕官する。 ・大石定久、小原鑑元らが当家から出奔する。 *織田大和守家が滅亡。 ・大山義在に俸禄19000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・寄騎の富永康長に使者を派遣する。 ・丸山政知を小笠原信貴の寄騎に任ずる。 ############################################################################### ●2008-06-28 (16日目・6年目) ############################################################################### ・北条家の安房国岡本城へ出陣。 ・佐貫武田一族の上総国久留里城へ出陣。 ・佐貫武田一族(当主・武田義信)の居城・上総国佐貫城へ出陣。 ・鹿島一族(当主・鹿島義幹)の居城・常陸国鹿島城へ出陣。 ・氏家一族(当主・氏家直元)の居城・美濃国牛屋城へ出陣。 ・北条家の伊豆国矢崎城(城主・清水綱吉)へ出陣。 ・安房国岡本城を包囲により落城させる。 ・上総国久留里城にて野戦に勝利した後、包囲により落城させる。 ・伊豆国矢崎城を包囲により落城させる。 ・上総国佐貫城を城攻めの前に、武田国信が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、国分胤相が敗走する。 ・常陸国鹿島城を城攻めの前に、鹿島治時が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、大関増次が敗走する。 ・美濃国牛屋城を城攻めの前に、氏家直元が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・北条家が相模国玉縄城付城に攻めて来て付城を破壊する。 1547年(天文十六年)春上旬 ・上総国の独立豪族の武田直信が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・北陸地方、奥羽地方に大雪が降る。 ・那須資胤、桐生助綱、板部岡康勝、松平清善、青山忠門、北畠具種、望月昌盛、三隅 兼隆、山名理興、平賀広相、馬場政員らが当家に仕官する。 ・伊地知重武が当家から出奔する。 ・桐生助綱に俸禄20000貫を与える。 ・山名理興に俸禄26000貫を与える。 ・北畠具種に俸禄5000貫を与える。 ・三隅兼隆に俸禄14000貫を与える。 ・板部岡康勝に俸禄2000貫を与える。 ・寄騎の富永康長に使者を派遣する。 ・桐生助綱、岩田義幸らを長野業正の寄騎に任ずる。 ・大山義在を水谷政村の寄騎に任ずる。 ・畠山駿河守を教来石景政の寄騎から大名家直属に戻し、安東友季、千葉利胤、三隅兼隆 、山名理興らを教来石景政の寄騎に任ずる。 ・北条家の安房国稲村城(城主・北条幻庵)へ出陣。 ・北条家の安房国館山城へ出陣。 ・小田喜武田一族(当主・武田直信)の居城・小田喜城へ出陣。 ・北条家の相模国三崎城(城主・三角定吉)へ出陣。 ・桑名伊藤一族の伊勢国安濃津城へ出陣。 ・桑名伊藤一族(当主・伊藤実房)の居城・伊勢国桑名城へ出陣。 ・北条家(当主・北条氏康)の居城・相模国小田原城へ出陣。 ・北条家の相模国玉縄城(城主・北条綱成)へ出陣。 ・安房国館山城(廃城)を落城させる。 ・伊勢国安濃津城を包囲により落城させる。 ・上総国小田喜城を包囲により落城させる。 ・安房国稲村城を強襲により落城させる。  落城の折に、北条家の親族の北条幻庵が切腹する。  北条幻庵 (齢:55 評:10 武:15 統:13 智:17 政:16)  史実上では97歳まで生きた幻庵なので、55歳で切腹に追い込んで勿体無く思う・・・。 ・相模国玉縄城に付城を普請する。 ・相模国三崎城を包囲により落城させる。 ・伊勢国桑名城に付城を普請する。 ・相模国小田原城に付城を普請する。 1547年(天文十六年)春下旬 ・伊勢国の独立豪族の木造具康が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・越中国の独立豪族の斎藤藤次郎が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・今井、二木が病に伏せる。 ・三田綱秀、岡部元綱、新野親矩、簗田広正、越智家広、児玉就忠、江上元種らが当家 に仕官する。 ・佐瀬貞藝が当家から出奔する。 *里見家が滅亡。 ・林道慶に俸禄2000貫を与える。 ・阿曽沼弘秀に俸禄3000貫を与える。 ・寄騎の上杉静賢に使者を派遣する。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・岡部元綱、三浦義就らを太原雪斎の寄騎に任ずる。 ・佐竹家の常陸国大山城へ出陣。 ・佐竹家(当主・佐竹義昭)の居城・常陸国太田城へ出陣。 ・北条家(当主・北条氏康)の居城・相模国小田原城へ出陣。 ・北条家の相模国玉縄城(城主・北条綱成)へ出陣。 ・長野一族(当主・長野種藤)の居城・伊勢国長野城へ出陣。 ・九鬼一族の伊勢国星合城(城主・的矢美作守)へ出陣。 ・相模国玉縄城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  兵糧残り僅か・・・。次回の出陣で100%落とせる筈だ。 ・相模国小田原城を計略により落城させる。  落城の折に、駒井政武、板垣信方らが降参、家臣として登用する。  城郭レベル30なので、強襲はちょっと無茶。兵糧も5千数百と多く、包囲だと1年以上 要しそうだ。  何度も出陣を繰り返して出費するくらいならと、計略5連続で兵糧を尽きさせる。 ・常陸国大山城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・常陸国太田城を強襲により落城させる。  落城の折に、敵の総大将の佐竹義昭が切腹する。 ・伊勢国星合城を包囲により落城させる。 ・伊勢国長野城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、安藤守就が敗走する。 1547年(天文十六年)夏上旬 ☆村上家の国力が全大名家の中で1位で、総石高が500万石以上になり、覇者へ格上げと なる。  1:村上家(510万石)、2:大友家(309万石)、3:朝倉家(170万石)、4:尼子家(106 万石)、5:六角家(54万石) ・安西勝弘、正木時忠、正木時茂、斎藤憲広、笠原信為、狩野泰光、久野忠宗、戸田宜光 、松平忠倫、菅沼定村、立原幸綱、明石景親、村上通康、香曽我部親秀らが当家に仕官 する。 ・正木時茂が当家から出奔する。 *播磨浦上家が滅亡。 ############################################################################### ●2008-06-29 (17日目・6年目) ############################################################################### ・村上通康に俸禄5000貫を与える。 ・斎藤憲広に俸禄17000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・那波宗元、岩田義幸らを長野業正の寄騎から大名家直属に戻し、斎藤憲広を長野業正 の寄騎に任ずる。 ・安西勝弘、正木時忠らを土岐為元の寄騎に任ずる。 ・陸奥畠山一族の陸奥国白河城(城主・浜田広綱)へ出陣。 ・陸奥畠山一族(当主・畠山義国)の居城・陸奥国須賀川城へ出陣。 ・小野崎一族(当主・小野崎成通)の居城・陸奥国山尾城へ出陣。 ・朝倉家の越前国大野城(城主・朝倉景鏡)へ出陣。  北条家攻めもそろそろ終了なので、そろそろ上洛を目指そう。  京に入るには、朝倉家(170万石)、六角家(54万石)、三好家(64万石)と交戦す ることになる。  今度の冬上旬ターンの人事フェイズはやること一杯ありそうだ・・・。 ・九鬼一族の伊勢国玉丸城(城主・小浜景隆)へ出陣。 ・朝倉家の伊勢国神戸城(城主・山崎左馬允(従)) ・朝倉家の伊賀国喰代城へ出陣。 ・朝倉家の伊勢国桑名城(城主・伊藤実房(従))へ出陣。 ・北畠家の伊勢国大河内城(城主・北畠晴具)へ出陣。 ・九鬼一族の志摩国国府城(城主・浦豊後守)へ出陣。 ・九鬼一族の志摩国鳥羽城(城主・安楽島越中守)へ出陣。 ・北条家(当主・北条氏康)の居城・相模国玉縄城へ出陣。 ・伊勢国玉丸城を包囲により落城させる。 ・伊賀国喰代城を強襲により落城させる。 ・陸奥国白河城を包囲により落城させる。 ・伊勢国神戸城を強襲により落城させる。 ・越前国大野城を強襲により落城させる。 ・志摩国国府城を包囲により落城させる。 ・陸奥国山尾城を包囲により落城させる。 ・伊勢国大河内城を包囲により落城させる。 ・相模国玉綱城を計略により落城させる。 ・志摩国鳥羽城を包囲により落城させる。 ・陸奥国須賀川城を城攻めの前に、畠山義国が降参するが受け入れず、強襲により落城 させる。  攻城戦の際に、芳賀高定、水谷治村、水谷政村らが敗走する。 ・伊勢国桑名城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、石川広家、井上清政らが敗走する。 ############################################################################### ●2008-06-30 (17日目・6年目) ############################################################################### 1547年(天文十六年)夏下旬 ・出羽国で疫病が流行し、陸奥国にも伝染する。  奥羽地方の武将は皆病により動けない・・・。 ・江戸忠通、佐竹義里、土岐治英、森可成、森寺藤左衛門、林秀貞、橘宗忠、今井定清 、三田村定頼、津田宗達、高島正澄、有田村長、青景隆時、伊地知重武、頴娃兼洪らが 当家に仕官する。 ・津田宗達に俸禄3000貫を与える。 ・今井定清に俸禄28000貫を与える。 ・江戸忠通に俸禄5000貫を与える。 ・菅沼定村に俸禄5000貫を与える。 ・望月昌盛に俸禄6000貫を与える。 ・林秀貞に俸禄3000貫を与える。 ・平手政秀に俸禄8000貫を与える。 ・出羽国横手城の小野寺一族(当主・小野寺景道)に臣従の通達を送り、当家の外様に なる。  小野寺一族は、出羽国に城を4つ(横手城、天鷲城、湊城、角館城)領し、総石高 は107000石に上る。  小野寺景道 (齢:17 評:3 武:11 統:8 智:10 政:10)  天下統一V系統は、平凡な武将でも育成次第では使える武将になる。  若年で能力が高い武将は、育成せずとも年月が経てば大物になれる。  武将ごとに各能力の限界値や成長時期(早熟や大器晩成だとかの区別)があればとふ と思う。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・江戸忠通、佐竹義里らを水谷政村の寄騎に任ずる。 ・慶徳元経、菅沼定村、粟屋光若、今井定清、三淵晴員、赤松村秀、阿曽沼弘秀、青景 隆時、上村頼孝らを木曽義在の寄騎に任ずる。  秋下旬の年貢収入を前に、俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合 計144000貫→9000貫=-135000貫の人件費削減)。  資金的に余裕が出てきた辺りから、凄く能力が低くないか、能力が低くても有能な一 族がいるようならば、来る者拒まずで登用していたので人件費が嵩んでいる。 ・九鬼一族(当主・九鬼定隆)の居城・波切城へ出陣。 ・朝倉家の越前国平泉寺城へ出陣。 ・朝倉家の伊勢国鹿伏兎城(城主・青地道徹(従))へ出陣。 ・朝倉家の近江国箕浦城(城主・有馬重則)へ出陣。 ・独立勢力の伊賀国阿保城(城主・阿保党)へ出陣。 ・北畠家(当主・北畠具教)の居城・伊勢国多気城へ出陣。 ・野口一族(当主・菅弘宗)の居城・淡路国志知城へ出陣。 ############################################################################### ●2008-07-01 (18日目・6年目) ############################################################################### ・朝倉景延が、越前国平泉寺城から越前国大野城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・伊勢国鹿伏兎城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、成田長泰が敗走する。 ・淡路国志知城を包囲により落城させる。 ・近江国箕浦城を包囲により落城させる。 ・伊賀国阿保城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、長井道利が敗走する。 ・越前国平泉寺城を強襲により落城させる。 ・伊勢国多気城を包囲中、多気城に篭城した敵の武将達が、城を開け渡すので逃してく れと申し出、受け入れる。 ・志摩国波切城を計略と包囲により落城させる。 1547年(天文十六年)秋上旬 ・各地で凶作になる。  当家の所領では、下野国、常陸国、下総国、上総国、安房国、武蔵国、相模国、伊豆国 、三河国、美濃国、伊勢国、伊賀国といった国々が凶作になる。 ・山名理興が隠居を申し出るが、1000石を加増して引き止める。 ・野田成朝、簗田晴助、北条綱成、由比光澄、天野藤秀、松平利長、大久保忠俊、土居 清宗、蒲生清親らが当家に仕官する。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・慶徳元経、菅沼定村、粟屋光若、今井定清、三淵晴員、赤松村秀、阿曽沼弘秀、青景 隆時、上村頼孝らを木曽義在の寄騎から大名家直属に戻し、蜷川親俊、行松正盛、南条 宗勝、小原隆言、安宅宗景、薦野宗鎮、五条鑑量、江上元種、馬場政員らを木曽義在の 寄騎に任ずる。  秋下旬の年貢収入を前に、俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合 計62000貫→9000貫=-53000貫の人件費削減)。  前回の夏下旬と合わせると、19万7千貫の人件費を削減できた。 ・朝倉家(当主・朝倉景延)の居城・越前国一乗谷城へ出陣。 ・奥州畠山一族の陸奥国三春城へ出陣。 ・朝倉家の近江国佐和山城へ出陣。 ・岩城一族(当主・岩城重隆)の居城・陸奥国大館城へ出陣。 ・朝倉景延が、越前国一乗谷城から越前国大野城に攻め入られるも迎撃に成功する。  野戦の際に、広瀬利治、姉小路時親らが敗走する。 ・陸奥国三春城を包囲により落城させる。 ・近江国佐和山城を包囲により落城させる。 ・越前国一乗谷城に付城を普請する。 ・陸奥国大館城を強襲により落城させる。 1547年(天文十六年)秋下旬 ・出羽国の独立豪族の戸沢道盛が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・正木時茂、茂木治清、多米元益、三木直頼、青地道徹、阿保式部少輔、今井宗久、宍 戸隆家、占部是安らが当家に仕官する。 ・水谷政村が、不作のため援助(40000貫)を求め、応じる。 ・長野業正が、不作のため援助(10000貫)を求め、応じる。 ・太原雪斎が、不作のため援助(7000貫)を求め、応じる。 ・原虎胤が、不作のため援助(4000貫)を求め、応じる。 ・飯富虎昌が、不作のため援助(4000貫)を求め、応じる。 ・高梨政頼が、不作のため援助(3000貫)を求め、応じる。 ・真田幸綱が、不作のため援助(800貫)を求め、応じる。 ############################################################################### ●2008-07-02 (19日目・6年目) ############################################################################### ・大久保忠俊に俸禄7000貫を与える。 ・青景隆時に俸禄1000貫を与える。 ・多米元益に俸禄2000貫を与える。 ・青地道徹に俸禄24000貫を与える。 ・正木時茂に俸禄24000貫を与える。 ・占部是安に俸禄15000貫を与える。 ・狩野泰光に俸禄5000貫を与える。 ・佐久間信盛に俸禄7000貫を与える。 ・寄騎の矢沢頼綱に使者を派遣する。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・正木時茂を土岐為元の寄騎に任ずる。 ・朝倉家の近江国今浜城(城主・新庄直昌(従))に出陣。 ・朝倉家の近江国肥田城へ出陣。 ・奥州畠山一族(当主・畠山義国)の居城・陸奥国二本松城へ出陣。 ・相馬家(当主・相馬顕胤)の居城・陸奥国小高城へ出陣。 ・朝倉家の大和国柳生城(城主・柳生宗厳)へ出陣。 ・大和国柳生城を強襲により落城させる。 ・近江国肥田城を包囲により落城させる。 ・近江国今浜城を強襲により落城させる。 ・陸奥国二本松城を城攻めの前に、浜田広綱が降参するが受け入れず、強襲により落城 させる。  攻城戦の際に、太田資正が敗走する。 ・陸奥国小高城に付城を普請する。 1547年(天文十六年)冬上旬 ・各地で飢饉になる。 ・臣従の陸奥国杉目城の杉目牧野一族(当主・牧野相模守)が伊達家を離反して当家の 家臣になる。 ・甘利一族(当主・甘利虎泰)が御家再興を果たし、甲斐国韮崎城を奪われる。 ・柴田勝家が病に伏せる。 ・石川高信、氏家定直、天童頼貞、菅沼元貞、大須賀康高、小宮山昌友、工藤源左衛門 、長尾景信、浅井亮親、武田高信、福原則高、深川康兼、内藤隆春、武田信綱らが当家 に仕官する。 *朝倉家が本城を越前国一乗谷城より近江国観音寺城へ移す。 ############################################################################### ●2008-07-03 (20日目・7年目) ############################################################################### ・船舶の運用を行い、今年の船舶の運用基準を変更する。  魚鱗の布陣の四隊編成(安宅船、関船、小早、小早)と八隊編成(安宅船、小早、安 宅船、安宅船、関船、関船、関船、関船)の変更を行う。 ・被害対策の確保(被害対策3)を行う。  昨年よりも領地が増えたので、今年は最大で3000貫が必要になった。 ・家臣への引き立てを行い、小野寺一族(当主・小野寺景道)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、小山一族(当主・小山高朝)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、鵜殿一族(当主・鵜殿長持)が当家の譜代となる。 ・小笠原信貴の居城移動を行う。  美濃国松尾城(居)から、近江国肥田城(居)へ転封。俸禄18000石→33956石 ・武田無人斎の居城移動を行う。  三河国安祥城(居)+刈谷城から、美濃国稲葉山城(居)へ転封。俸禄55000石→6249 2石 ・教来石景政の居城移動を行う。  遠江国諏訪原城(居)から、近江国箕浦城(居)へ転封。俸禄21000石→34477石 ・長野業正を上野国厩橋城の城主に任ずる。 ・北条綱成を陸奥国二本松城の城主に任ずる。 ・本城移動を実行し、当家本城を信濃国葛尾城より尾張国清洲城へ移す。  CP10 消費資金48000(総資金の約6分の1)を費やした。 ・甲斐国韮崎城の甘利一族(当主・甘利虎泰)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・奥平貞勝、戸田宜光、菅沼元貞、菅沼定勝、菅沼定村、青山忠門、大須賀康高、内藤 清長らを久野忠宗の寄騎に任ずる。 ・朝倉家(当主・朝倉景延)の居城・近江国観音寺城へ出陣。 ・朝倉家の越前国一乗谷城へ出陣。 ・六角家(当主・六角義賢)の居城・近江国上平寺城へ出陣。 ・朝倉家の近江国小谷城(城主・朝倉景隆)へ出陣。 ・近江国小谷城を包囲により落城させる。 ・越前国一乗谷城を強襲により落城させる。 ・近江国上平寺城を包囲により落城させる。 ・近江国観音寺城を計略と包囲により落城させる。  朝倉家の直属領(越中国の魚津、能登国の末森、加賀国の津幡・尾山・松任・船岡・ 鳥越・小松・大聖寺、越前国の豊原・永平寺・府中・杣山、大和国の信貴山、山城国の 比叡山)が全て当家のものになる。これで当家の総石高は、608万石→699万石になった。  朝倉家の当主・朝倉景延とその親族・朝倉延景らは落城時に切腹はしなかったものの 朝倉家は崩壊・・・。  「よし!本年度(1546年)は朝倉家に本格的に侵攻だぁ〜!!」と本城を尾張国清洲 城に移動して意気込んでいたので、あまりにもあっさり過ぎる展開に唯々唖然・・・。  ところで、近江国周辺に点在する元朝倉家の家臣たちや六角家の家臣たちは、能力値 が開始当初に比べて約1.5倍(所謂、大盛り)になっている。  PC同士で合戦を繰り返して経験を積んだらしい・・・。(汗) ------------------------------------------------------------------------------- 1548年(天文十七年)冬下旬 ・臣従の河内国堀江城の堀江一族(当主・堀江実遠)が本願寺家を離反して当家の家臣 になる。 ・北陸地方に大雪が降る。 ・明智光隆が病に伏せる。 ・佐竹義廉、武田信応、蘆野資豊、中条出羽守、朝比奈元長、松平忠次、神戸長盛、鳥 屋尾石見守、穴山信友、溝江景逸、朝倉景鏡、高野瀬秀隆、浅井井演、湯原春綱、粟屋 就方、小笠原長行らが当家に仕官する。 ・北条綱成の縁者、福島勝広が当家に仕官する。 *浅井家が滅亡。 ・工藤源左衛門に俸禄1000貫を与える。 ・蘆野資豊に俸禄5000貫を与える。 ・穴山信友に俸禄17000貫を与える。 ・大田原資清に俸禄11000貫を与える。 ・朝比奈元長に俸禄3000貫を与える。 ・石川高信に俸禄19000貫を与える。 ・天童頼貞に俸禄23000貫を与える。 ・溝江景逸に俸禄6000貫を与える。 ############################################################################### ●2008-07-04 (21日目・7年目) ############################################################################### ・朝廷に使者を派遣する。 ・富永康長、石巻家貞らを太田資正の寄騎から大名家直属に戻し、三田綱秀、岩田義幸 、中条出羽守らを太田資正の寄騎に任ずる。 ・大関高増、大田原資清、長尾當長、那須資胤、茂木治清、蘆野資豊らを小山高朝の寄 騎に任ずる。 ・蜷川親俊、行松正盛、南条宗勝、小原隆言、安宅宗景、薦野宗鎮、五条鑑量、江上元種 、馬場政員らを木曽義在の寄騎から大名家直属に戻し、石川高信、朝倉景鏡、青地道徹 、内藤隆春、占部是安らを木曽義在の寄騎に任ずる。 ・六角家(当主・六角義賢)の居城・近江国上坂城へ出陣。 ・六角家の永原城(城主・永原大炊助)へ出陣。 ・相馬家(当主・相馬顕胤)の居城・陸奥国小高城へ出陣。 ・伊達家(当主・伊達晴宗)の出羽国米沢城へ出陣。 ・猪苗代一族(当主・猪苗代盛清)の居城・陸奥国猪苗代城へ出陣。 ・六角家の近江国三雲城(城主・三雲定持(従))へ出陣。 ・六角家の山城国槙島城へ出陣。 ・六角家の近江国鯰江城(城主・鯰江定秀)へ出陣。 ・六角家の伊勢国亀山城へ出陣。 ・新庄一族(当主・新庄直昌)の居城・近江国山本山城へ出陣。 ・赤尾津一族(当主・赤尾津家保)の居城・出羽国檜山城へ出陣。 ・六角義賢が、近江国上坂城から近江国今浜城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・出羽国檜山城にて野戦に勝利した後、計略により落城させる。 ・近江国鯰江城を強襲により落城させる。 ・山城国槙島城を包囲により落城させる。 ・近江国永原城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・出羽国米沢城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、水谷治持、土岐為元らが敗走する。 ・陸奥国猪苗代城を包囲により落城させる。 ・近江国三雲城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、天野藤秀、久野忠宗、大久保忠俊らが敗走する。 ・伊勢国亀山城を強襲により落城させる。 ・近江国上坂城を計略と包囲により落城させる。 ・陸奥国小高城に付城を普請する。 ・近江国山本山城を城攻めの前に、新庄直昌が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 1548年(天文十七年)春上旬 ・越前国の独立豪族の朝倉景有が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・近江国の独立豪族の後藤賢豊が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。  後藤一族は、近江国長光寺城と山城国船岡城を領している。 ・奥羽、北陸地方に大雪が降る。 ・木造具康が病に伏せる。 ・青地道徹が病死し、親族の青地光孝が兵を引き継ぐ。 ・佐竹義堅、太田資貞、今泉道善、松平家広、田丸国忠、的矢美作守、小山田昌辰、浅 利信種、宇津呂丹波守、山中為俊、肝付兼演、島津尚久らが当家に仕官する。 ・甘利虎泰の縁者、甘利昌忠が当家に仕官する。 ・小山田昌辰に俸禄1000貫を与える。 ・太田資貞に俸禄2000貫を与える。 ・高野瀬秀隆に俸禄3000貫を与える。 ・湯原晴綱に俸禄2000貫を与える。 ・立原幸綱に俸禄9000貫を与える。 ・富永康長に俸禄2000貫を与える。 *近隣では、伊達家と蘆名家が不戦同盟を締結する。 ・若狭国後瀬山城の安居朝倉一族(当主・朝倉景隆)に臣従の通達を送り、当家の外様 になる。  安居朝倉一族は、若狭国後瀬山城(城主・朝倉景隆)と近江国新庄城(城主・朝倉景 健を領している。 ・越前国金ヶ崎城の敦賀朝倉一族(当主・朝倉景紀)に臣従の通達を送り、当家の外様 になる。 ・近江国日野城の蒲生一族(当主・蒲生定秀)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・寄騎の海野幸光に使者を派遣する。 ・那波宗元、笠原信為、富永康長、石巻家貞、狩野泰光、多米元益、板部岡康勝らを北 条綱成の寄騎に任ずる。 ・朝比奈元長、由比光澄らを太原雪斎の寄騎に任ずる。 ・小山田昌辰を真田幸綱の寄騎に任ずる。 ############################################################################### ●2008-07-05 (22日目・7年目) ############################################################################### ・進藤一族(当主・進藤貞治)の居城・近江国木浜城へ出陣。 ・独立勢力(城主・竜口党)の居城・伊賀国竜口城へ出陣。 ・平井一族(当主・平井定武)の居城・朽木谷城へ出陣。 ・柏木山中一族(当主・山中久俊)の居城・近江国水口城へ出陣。 ・朝倉一族(当主・朝倉景連)の居城・山城国淀城へ出陣。 ・山岡一族(当主・山岡景之)の居城・近江国瀬多城へ出陣。 ・陸奥国桑折城に城の破壊を仕掛け成功する。 ・山城国淀城を強襲により落城させる。 ・近江国水口城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、池田信正、村上通康らが敗走する。 ・近江国朽木谷城を城攻めの前に、平井定武が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・伊賀国竜口城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、前野宗康が敗走する。 ・近江国木浜城を包囲により落城させる。 ・近江国瀬多城を城攻めの前に、山岡景之が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、森可成が敗走する。 1548年(天文十七年)春下旬 ・越中国の独立豪族の斎藤藤次郎が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・若狭国の独立豪族の粟屋元隆が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・菅沼元貞が病死し、養子の菅沼元重が兵を引き継ぐ。 ・佐藤好信、安倍元真、関口氏広、織田信賢、日比野清実、佐治隆俊、原昌勝、長坂虎房 、保科正俊、河合吉統、阿閉貞征、磯野員昌、黒川通俊、大野利直らが当家に仕官する。 *因幡山名家が滅亡。 ・浅井井演に俸禄5000貫を与える。 ・阿閉貞征に俸禄21000貫を与える。 ・関口氏広に俸禄2000貫を与える。 ・佐治隆俊に俸禄2000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 *近隣では、伊達家と蘆名家が軍事同盟を締結する。 *近隣では、相馬家と伊達家が軍事同盟を締結する。 ・安倍元信、関口氏広らを太原雪斎の寄騎に任ずる。 ・戸沢一族(当主・戸沢道盛)の居城・出羽国山根城へ出陣。 ・松浦一族(当主・松浦肥前守)の居城・山城国勝龍寺城へ出陣。 ・疋田一族(当主・疋田宗村)の居城・越前国疋壇城へ出陣。 ・独立勢力の伊賀国柏原城(城主・柏原党)へ出陣。 ・国吉粟屋一族(当主・粟屋勝久)の居城・若狭国国吉城へ出陣。 ・北庄朝倉一族(当主・朝倉景有)の居城・越前国北ノ庄城へ出陣。 ・新保山粟屋一族(当主・粟屋元隆)の居城・若狭国新保山城へ出陣。 ・伊達家(当主・伊達稙宗)の居城・陸奥国桑折城へ出陣。 ・相馬家(当主・相馬顕胤)の居城・陸奥国小高城へ出陣。 ・陸奥国桑折城に城の破壊を仕掛け成功する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、能登畠山家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、能登畠山 家と断絶する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、蘆名家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ・陸奥国小高城を計略により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  次回の城攻めでも連続計略が上手く行けば落とせる可能性が無くもない。 ・出羽国山根城にて野戦に勝利した後、付城を普請する。  兵数が多くても武将一人では疲労が溜まるので辛い・・・。じっくりと時間を掛けて でも慎重に攻めよう。 ・越前国疋壇城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、石川広家が敗走する。 ・越前国北ノ庄城を城攻めの前に、朝倉景有が降参するが受け入れず、強襲により落城 させる。 ・伊賀国柏原城を強襲により落城させる。 ・山城国勝龍寺城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、楽巌寺雅方、保科正俊らが敗走する。 ・若狭国国吉城を城攻めの前に、粟屋勝久が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、外様の安藤守就が敗走する。 ・陸奥国桑折城を強襲により落城させる。 ・若狭国新保山城を城攻めの前に、粟屋元隆が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 1548年(天文十七年)夏上旬 ・出羽国の独立豪族の戸沢道盛が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・出羽国の独立豪族の前田薩摩守が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・越前国の独立豪族の堀江景忠が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・上郡山盛為、岡本安泰、戸田堯光、織田因幡守、蘆田信守、新発田綱貞、魚住景栄、 三浦貞盛、横山盛資、貫親清、原田隆種、平田昌宗らが当家に仕官する。 ・上郡山盛為に俸禄3000貫を与える。 ・新発田綱貞に俸禄5000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。  前回までの使者派遣で、朝廷官職と武家貴族のコマンドが使えるようになった。  停戦勧告を頼める様になるには、朝廷との外交関係をもっと改善しないとだめだな・・・。 ・武田信応、岡本安泰らを土岐為元の寄騎に任ずる。 ・長坂虎房を武田無人斎の寄騎に任ずる。 ############################################################################### ●2008-07-06 (23日目・7年目) ############################################################################### ・安東友季、三隅兼隆、山名理興らを教来石景政の寄騎から大名家直属に戻し、工藤源 左衛門、阿閉貞征、青地光孝、原田隆種らを教来石景政の寄騎に任ずる。 ・石川高信、朝倉景鏡、内藤隆春、占部是安らを木曽義在の寄騎から大名家直属に戻し 、大月景秀、田屋明政、松井正之、津田宗達、越智家広、十市遠勝、熊谷高直、平賀広相 、山田忠広らを木曽義在の寄騎に任ずる。  今年もまた、秋下旬の年貢収入を前に、俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な 減俸処置(合計51000貫→9000貫=-42000貫の人件費削減)。  家臣の武将数が300人を超えたし、そろそろ登用基準を厳しくするか? ・独立勢力の越中国蓮沼城(城主・天平寺僧兵衆)へ出陣。 ・筒井家の大和国興福寺城へ出陣。 ・蘆名家(当主・蘆名盛舜)の居城・陸奥国黒川城へ出陣。 ・戸沢一族(当主・戸沢道盛)の居城・出羽国山根城へ出陣。 ・秋山一族(当主・秋山宗丹)の居城・大和国秋山城へ出陣。 ・但馬山名家の丹波国宇津城へ出陣。 ・但馬山名家の山城国木幡山城へ出陣。 ・相馬家(当主・相馬顕胤)の居城・陸奥国小高城へ出陣。 ・出羽国山根城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、神宮寺掃部介が敗走して負傷する。  前田薩摩守が外様になったことで、小野寺と前田、神宮寺の三人で城攻めができた。 ・山城国木幡山城を包囲により落城させる。 ・大和国興福寺城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・丹波国宇津城を包囲により落城させる。 ・大和国秋山城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、山本勘助が敗走する。 ・越中国蓮沼城を包囲により落城させる。 ・陸奥国黒川城を強襲により落城させる。 ・陸奥国小高城を包囲により落城させる。 1548年(天文十七年)夏下旬 ・越中国の独立豪族の斎藤藤次郎が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 *近隣では、山陰地方が旱魃になる。 ・臣従の若狭国石山城の若狭武藤一族(当主・武藤友益)が但馬山名家を離反して当家 の家臣になる。 ・藤沢一族(当主・藤沢頼親)が御家再興を果たし、信濃国龍ヶ崎城を奪われる。 ・山川政貞が病に伏せる。 ・足利藤氏、天方通興、松平政忠、織田藤左衛門、広瀬景昌、黒川清実、多羅尾光俊、 小笠原長雄、冷泉隆豊らが当家に仕官する。 ・野田成朝に俸禄1000貫を与える。 ・氏家定直に俸禄2000貫を与える。 ・朝倉景鏡に俸禄1000貫を与える。 ・冷泉隆豊に俸禄3000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・安東友季、氏家定直、上郡山盛為、天童頼貞らを小野寺景道の寄騎に任ずる。 ・武藤家の出羽国亀ヶ崎城へ出陣。 ・蘆名家(当主・蘆名盛舜)の居城・陸奥国鴫山城へ出陣。 ・筒井家の大和国郡山城(城主・筒井順昭)へ出陣。 ・但馬山名家の丹波国綾部城へ出陣。 ・神保家の越中国守山城(城主・水越勝重)へ出陣。 ・能登畠山家の能登国徳田城へ出陣。 ・黒木一族(当主・黒木信房)の居城・黒木城へ出陣。 ・藤沢一族(当主・藤沢頼親)の居城・龍ヶ崎城へ出陣。 ・出羽国亀ヶ崎城を強襲により落城させる。 ・丹波国綾部城を包囲により落城させる。 ・陸奥国鴫山城に付城を普請する。 ・信濃国龍ヶ崎城を城攻めの前に、藤沢頼親が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・能登国徳田城を包囲により落城させる。 ・越中国守山城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・陸奥国黒木城を城攻めの前に、黒木信房が降参するが受け入れず、付城を普請する。 ・大和国郡山城を包囲により落城させる。 1548年(天文十七年)秋上旬 ・臣従の能登国穴水城の長一族(当主・長続連)が能登畠山家を離反して当家の家臣に なる。 ・臣従の能登国松波城の松波一族(当主・畠山義遠)が能登畠山家を離反して当家の家 臣になる。 ・各地で凶作になる。 ・江上元種がが病死し、養子の江上元一が兵を引き継ぐ。 ・松井宗信、松平信孝、金森可近、大宮含忍斎、上坂景信、宇津頼高、吉田左京亮、佐 波興連、浦元安、妻鳥助兵衛、 *隣国では、丹後国で一色家(当主・一色義幸)が御家再興を果たし、但馬山名家の丹 後国峯山城を奪う。 ・的矢美作守に俸禄3000貫を与える。 ・吉田左京亮に俸禄15000貫を与える。 ・松井宗信に俸禄18000貫を与える。 ・小笠原長雄に俸禄10000貫を与える。 ・妻鳥助兵衛に俸禄20000貫を与える。 ・松平忠次に俸禄4000貫を与える。 ・近藤景春に俸禄7000貫を与える。 ・畠山駿河守に俸禄5000貫を与える。 ・高橋重種に俸禄5000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・大月景秀、田屋明政、松井正之、津田宗達、越智家広、十市遠勝、熊谷高直、平賀広相 、山田忠広らを木曽義在の寄騎から大名家直属に戻し、松井宗信、近藤景春、立原幸綱 、小笠原長雄、妻鳥助兵衛、高橋重種らを木曽義在の寄騎に任ずる。 ・黒木一族(当主・黒木信房)の居城・黒木城へ出陣。 ・武永一族(当主・武永義忠)の居城・出羽国上山城へ出陣。  武永義忠が病に伏せている隙に、守りの手薄な武永一族の城(出羽国上山、出羽国小国 )を攻め落とそう。 ・鮭延一族(当主・佐々木貞綱)の居城・出羽国鮭延城へ出陣。 ・但馬山名一族の丹後国建部山城へ出陣。 ・神保家(当主・神保長職)の居城・越中国富山城へ出陣。 ・神保家の越中国増山城へ出陣。 ・能登畠山家(当主・畠山義続)の居城・能登国七尾城へ出陣。 ・但馬山名家の丹後国八幡山城へ出陣。 ・筒井家(当主・筒井順政)の居城・大和国筒井城へ出陣。 ・丹後国建部山城を強襲により落城させる。 ・出羽国上山城を包囲により落城させる。 ・越中国増山城を強襲により落城させる。 ・出羽国鮭延城を包囲により落城させる。 ・丹後国八幡山城を強襲により落城させる。 ・能登国七尾城にて野戦に勝利した後、強襲により落城させる。 ・越中国富山城を強襲により落城させる。 ・陸奥国黒木城を城攻めの前に、黒木信房が降参するが受け入れず。  包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  北方に行軍する当家武将の殆どが遠方からの出兵なので、強襲すると敗走する部隊が 続出する可能性が高い。  篭城する敵武将数に対する当家の武将の頭数も足りないので、ここは慎重に兵糧攻め で攻めよう・・・。 ・大和国筒井城を城攻めの前に、筒井家が、従属を申し込んで来たが受け入れず、城攻 めを開始する。  更に、城攻めの最中(1〜2回目の包囲後、3回目の包囲で落城)に、筒井城に篭城し た敵の武将達が、城を開け渡すので逃してくれと申し出るが拒否し、包囲により落城さ せる。 1548年(天文十七年)秋下旬 ・壬生一族(当主・壬生綱房)が御家再興を果たし、下野国鹿沼城を奪われる。 ・香坂筑前守が隠居を申し出るが、5000石を加増して引き止める。 ・桑折貞長、国分盛氏、赤尾津家保、真壁久幹、武田国信、平重能、葛山信貞、服部友定 、木村定重、荻野秋清、吉岡春斎、志加奴入道、牛尾幸清、宇都宮清綱、紀通安、杉興 運らが当家に仕官する。 ・小野寺景道が、不作のため援助(25000貫)を求め、応じる。 ・土岐為元が、不作のため援助(4000貫)を求め、応じる。 ・長野業正が、不作のため援助(10000貫)を求め、応じる。 ・北条綱成が、不作のため援助(9000貫)を求め、応じる。 ・鵜殿長持が、不作のため援助(4000貫)を求め、応じる。 ・原虎胤が、不作のため援助(8000貫)を求め、応じる。 ・飯富虎昌が、不作のため援助(4000貫)を求め、応じる。 ・高梨政頼が、不作のため援助(4000貫)を求め、応じる。 ・真田幸綱が、不作のため援助(800貫)を求め、応じる。 ############################################################################### ●2008-07-07 (24日目・7年目) ############################################################################### ・真壁久幹に俸禄3000貫を与える。 ・赤尾津家保に俸禄5000貫を与える。 ・武田国信に俸禄4000貫を与える。 ・杉興運に俸禄21000貫を与える。 ・荻野秋清に俸禄21000貫を与える。 ・志加奴入道に俸禄2000貫を与える。 ・粟屋光若に俸禄1000貫を与える。 ・三淵晴員に俸禄1000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・千葉利胤、阿閉貞征、青地光孝、原田隆種らを教来石景政の寄騎から大名家直属に戻す。 ・菅沼元重、服部友定らを鵜殿長持の寄騎に任ずる。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、神保家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ・武藤家(当主・武藤晴時)の居城・出羽国尾浦城へ出陣。 ・武永一族(当主・武永義忠)の居城・出羽国小国城へ出陣。 ・城生斎藤一族(当主・斎藤藤次郎)の居城・越中国城生城へ出陣。 ・神保家(当主・神保長職)の居城・越中国新庄城へ出陣。 ・野辺沢一族の陸奥国千代城へ出陣。 ・蘆名家(当主・蘆名盛舜)の居城・陸奥国鴫山城へ出陣。 ・黒木一族(当主・黒木信房)の居城・黒木城へ出陣。 ・椎名家(当主・椎名康胤)の居城・越中国松倉城へ出陣。 ・但馬山名家の丹波国福知山城へ出陣。 ・壬生一族(当主・壬生綱房)の居城・下野国鹿沼城へ出陣。 ・出羽国小国城を包囲により落城させる。 ・陸奥国千代城を包囲により落城させる。 ・出羽国尾浦城にて野戦に勝利した後、強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の神宮寺掃部介が敗走する。  落城の折に、敵の総大将・武藤晴時、武藤義増らが切腹する。 ・越中国新庄城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の岸信周が敗走する。 ・陸奥国鴫山城を計略により落城させる。 ・丹波国福知山城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・下野国鹿沼城を強襲により落城させる。 ・越中国城生城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の後藤賢豊、武藤友益らが敗走する。 ・陸奥国黒木城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  兵糧を半分程減らしたので、次回も今回通りなら次回こそ兵糧が尽きるだろう。 ・越中国松倉城を包囲中、松倉城に篭城した敵の武将達が、城を開け渡すので逃してく れと申し出、受け入れる。 1548年(天文十七年)冬上旬 ・臣従の但馬国竹田城の太田垣一族(当主・太田垣朝延)が但馬山名家を離反して当家 の家臣になる。 ・臣従の但馬国八木城の八木一族(当主・八木直信)が但馬山名家を離反して当家の家 臣になる。 ・葛山一族(当主・葛山氏元)が御家再興を果たし、駿河国葛山城を奪われる。 ・鳴海山口一族(当主・山口教継)が御家再興を果たし、尾張国鳴海城を奪われる。 ・石川広成が病に伏せる。 ・金井秀景、安藤良整、松平家次、生駒親重、浦豊後守、三浦新助、小浜景隆、山中重俊 、猪飼野宣尚、松田満久、斎藤長実、赤星親家らが当家に仕官する。 ############################################################################### ●2008-07-08 (25日目・8年目) ############################################################################### ・被害対策の確保(被害対策3)を行う。 ・家臣への引き立てを行い、甘利一族(当主・甘利虎泰)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、成田一族(当主・成田長泰)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、敦賀朝倉一族(当主・朝倉景紀)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、若狭武藤一族(当主・武藤友益)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、蒲生一族(当主・蒲生定秀)が当家の譜代となる。 ・北条綱成を陸奥国猪苗代城の城主に任ずる。 ・原虎胤の居城移動を行う。  甲斐国府中城(居)から、大和国筒井城(居)へ転封。俸禄39000石→37771石  同等の石高の城が大和国筒井城しかなかったので若干俸禄が減り、忠誠心が1下がっ て20になった。 ・飯富虎昌の居城移動を行う。  信濃国小諸城(居)から、陸奥国小高城(居)へ転封。俸禄33000石→33097石 ・魚住景栄に俸禄8000貫を与える。 ・三田村定頼に俸禄2000貫を与える。 ・金井秀景に俸禄1000貫を与える。 ・多羅尾光俊に俸禄3000貫を与える。 ・松田満久に俸禄2000貫を与える。 ・河合吉統、魚住景栄、大月景秀、溝江景逸、朝倉景鏡らを朝倉景紀の寄騎に任ずる。 ・岩田義幸、吉良頼貞、広田直繁、中条出羽守、藤田重利らを太田資正の寄騎から大名 家直属に戻し、太田資貞、平重能らを太田資正の寄騎に任ずる。 ・笠原信為を北条綱成の寄騎から大名家直属に戻す。  笠原信為と北条綱成との相性が悪いのか、忠誠心が一向に安定せずに下がる一方・・・。  外交フェイズの【使者の派遣】コマンドで使者を送っても、忠誠心は0〜3程度しか上 昇しない。  それならば一度大名家直属に戻し、内政フェイズの【武将への俸禄】コマンドを使用 した方が忠誠心の上がりが良い。  そもそも天下統一Xに武将同士の相性があるのだろうか?今度は別の寄親の寄騎とし て配備してみよう。 ・穴山信友、今井信昌、浅利信種、米倉重継、保科正俊らを甘利虎泰の寄騎に任ずる。 ・原昌勝、広瀬景昌、小宮山昌友、  「1546年(天文十五年)夏上旬」に小笠原信貴の寄騎に仁科盛明を加えた時以来の珍 現象が発生!?  広瀬景昌の忠誠心が13→20に上がった?!やっぱり武将同士の相性とかあるの?? ・野辺沢一族(当主・野辺沢満重)の居城・陸奥国延沢城へ出陣。 ・但馬山名家(当主・山名祐豊)の居城・但馬国此隅山城へ出陣。 ・温井一族(当主・温井総貞)の居城・能登国天堂城へ出陣。 ・阿尾菊池一族(当主・菊池武包)の居城・越中国阿尾城へ出陣。 ・遊佐一族(当主・遊佐続光)の居城・飯田城へ出陣。 ・野辺沢一族の出羽国天童城へ出陣。 ・但馬山名家の丹波国黒井城へ出陣。 ・鳴海山口一族の居城・尾張国鳴海城へ出陣。 ・葛山一族(当主・葛山氏元)の居城・駿河国葛山城へ出陣。 ・但馬山名家の丹後国加悦城へ出陣。 ・黒木一族(当主・黒木信房)の居城・黒木城へ出陣。 ・最上家(当主・最上義守)の居城・出羽国山形城へ出陣。 ・三好家の河内国八尾城(城主・津田正明)へ出陣。 ・本願寺家(当主・本願寺証如)の居城・摂津国石山城へ出陣。 ・出羽国天童城を包囲により落城させる。 ・丹後国加悦城を包囲により落城させる。 ・出羽国延沢城に付城を普請する。 ・丹波国黒井城を包囲により落城させる。  当家より先に大友家が丹波国黒井城を攻め落としていた為、偶発的に大友家と交戦状 態に陥る。  当家と大友家とは京を境に支配国を二分している。愈々、最終局面(所謂、関ヶ原) に突入?! ・越中国阿尾城を強襲により落城させる。 ・出羽国山形城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、大関増次が敗走する。  落城の折、敵の総大将・最上義守が切腹する。 ・駿河国葛山城を城攻めの前に、葛山氏元が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・但馬国此隅山城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、牛尾幸清が敗走する。 ・河内国八尾城を包囲により落城させる。 ・能登国天堂城を城攻めの前に、温井総貞が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、佐久間信盛が敗走する。 ・尾張国鳴海城を包囲により落城させる。 ・能登国飯田城を城攻めの前に、遊佐続光が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、外様の畠山義遠が敗走する。  落城の折、敵の親族・遊佐宗円が切腹する。 ・陸奥国黒木城を包囲により落城させる。 ・摂津国石山城に付城を普請する。 ------------------------------------------------------------------------------- 1549年(天文十八年)冬下旬 ・出羽国の独立豪族の野辺沢満重が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・加賀国の独立豪族の河合宗清が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・臣従の但馬国鶴ヶ峰城の垣屋一族(当主・垣屋続成)が但馬山名家を離反して当家の 家臣になる。 ・臣従の但馬国豊岡城の田結庄一族(当主・田結庄此義)が但馬山名家を離反して当家 の家臣になる。 ・永原一族(当主・永原大炊助)が御家再興を果たし、近江国永原城を奪われる。 ・各地で飢饉になる。  当家所領では若狭国が飢饉になる。 ・加賀国で疫病が発生する。 ・鬼庭良直、仁賀保挙久、松平親俊、斎藤利賢、武井夕庵、家城主水祐、富樫晴貞、山 崎吉家、小林吉長、赤尾清綱、甲斐親直、長倉能登守らが当家に仕官する。 ・水野信元の縁者、水野忠守が当家に仕官する。 ############################################################################### ●2008-07-09 (26日目・8年目) ############################################################################### ▼現在の状況 1:村上家(988万石)、2:大友家(399万石)、3:尼子家(71万石)、4:三好 家(63万石)、5:長尾家(44万石) 以降に大内家、畠山家、南部家、島津家、本願寺家、但馬山名家、葛西家、大崎家、阿 波細川家、十河家、長宗我部家と続く・・・。 当家と大友家との石高差は倍以上(城数は当家が302、大友家が175を保有)もあるが、 兵数は互角の180000(上限?)だ。 ・山中重俊に俸禄6000貫を与える。 ・笠原信為に俸禄2000貫を与える。 ・山崎吉家に俸禄4000貫を与える。 ・小林吉長に俸禄5000貫を与える。 ・家城主水祐に俸禄3000貫を与える。 ・田屋明政に俸禄1000貫を与える。 ・武田高信に俸禄2000貫を与える。 ・三木直綱に俸禄6000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・朽木晴綱、高野瀬秀隆、山中為俊、山中重俊、青地光孝、多羅尾光俊、猪飼野宣尚ら を蒲生定秀の寄騎に任ずる。 ・笠原信為、岩田義幸、吉良頼貞、広田直繁、中条出羽守、藤田重利らを成田長泰の寄 騎に任ずる。  相性の有無は定かではないが、太田資正の寄騎から外した笠原信為なのだが、成田長 泰の寄騎だったら忠誠心下がらず(20を維持)。  やっぱり武将同士の相性ってあるのだろうか? ・武田国信を土岐為元の寄騎に任ずる。 ・仁賀保挙久、赤尾津家保らを小野寺景道の寄騎に任ずる。 ・河合吉統を朝倉景紀の寄騎から大名家直属に戻し、山崎吉家、小林吉長らを朝倉景紀 の寄騎に任ずる。 ・寒河江一族(当主・寒河江兼広)の居城・出羽国寒河江城へ出陣。 ・野辺沢一族の出羽国天童城へ出陣。 ・留守家の陸奥国下草城へ出陣。 ・大友家の河内国交野城(城主・本多忠豊(従))へ出陣。 ・大友家の山城国山崎城(城主・三好政長(従))へ出陣。 ・但馬山名家(当主・山名祐豊)の居城・丹後国峯山城へ出陣。 ・大友家の丹波国八上城(城主・赤川元保)へ出陣。 ・大友家の播磨国置塩城へ出陣。 ・大友家の大和国高取城(城主・高田為信(従))へ出陣。 ・大友家の大和国東市城(城主・高田為信(従))へ出陣。 ・大友家の大和国高田城(城主・高田為信(従))へ出陣。 ・永原一族(当主・永原大炊助)の居城・近江国永原城へ出陣。 ・大友家の河内国飯盛城(城主・本多忠重(従))へ出陣。 ・大友家の丹波国亀山城(城主・松永長頼(従))へ出陣。 ・大友家の丹波国薗部城(城主・内藤定行)へ出陣。 ・三好家の和泉国堺城へ出陣。 ・本願寺家(当主・本願寺証如)の居城・摂津国石山城へ出陣。 ・播磨国置塩城を包囲により落城させる。 ・大和国東市城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・和泉国堺城を包囲により落城させる。 ・大和国高取城を包囲により落城させる。 ・陸奥国下草城を包囲により落城させる。 ・出羽国延沢城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  今回の包囲で半分以上は減らしたので、次回には兵糧が尽きるだろう。 ・丹波国薗部城を強襲により落城させる。 ・出羽国寒河江城を城攻めの前に、寒河江広続が降参するが受け入れず、強襲により落 城させる。  攻城戦の際に、外様の牧野相模守が敗走する。 ・丹波国八上城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の安藤守就が敗走する。 ・河内国飯盛城を強襲により落城させる。 ・大和国高田城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、板垣信方、甲斐親直らが敗走する。 ・丹後国峯山城を城攻めの前に、但馬山名家が従属を申し込んで来たが受け入れず、城 攻めを開始する。  城郭レベル:1、兵糧:309の荒れ果てた城を包囲により落城させる。 ・丹波国亀山城を強襲により落城させる。 ・山城国山崎城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、牛尾幸清が敗走する。 ・近江国永原城を包囲により落城させる。 ・河内国交野城を強襲により落城させる。 ・摂津国石山城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  城郭レベル:50、兵糧:29230→城郭レベル:50、兵糧:27796  包囲では埒が明かない・・・。  でも、強襲するには、石山城守備兵が5000と多い上に篭城している武将も多数なので それなりの覚悟が必要だ。  兎に角、智謀が高い武将たちを出陣させて計略を仕掛けた方が良さそうだ。 1549年(天文十八年)春上旬 ・清水一族(当主・清水綱吉)が御家再興を果たし、伊豆国矢崎城を奪われる。 ・清水一族(当主・清水綱吉)が御家再興を果たし、伊豆国矢崎城を奪われる。 ・松平忠倫が病死し、末子の松平資倫が兵を引き継ぐ。 ・黒川晴氏、小幡憲重、赤井照泰、国府内膳正、富田吉清、波多野晴通、安見信国、鈴 木重意、犬童頼安らが当家に仕官する。 ☆村上家の国力が全大名家の中で1位で、山城国を支配しており、総石高が1000万石以 上になり、天下人へ格上げとなる。  1:村上家(1046万石)、2:大友家(365万石)、3:尼子家(73万石)、4:三好家(59 万石)、5:長尾家(45万石) *一色家が滅亡。 ・鈴木重意に俸禄6000貫を与える。 ・戸田堯光に俸禄8000貫を与える。 ・浦豊後守に俸禄9000貫を与える。 ・大宮含忍斎に俸禄7000貫を与える。 ・三浦新助に俸禄8000貫を与える。 ・小浜景隆に俸禄8000貫を与える。 ・田丸国忠に俸禄9000貫を与える。 ・橘宗忠に俸禄7000貫を与える。 ・波多野晴通に俸禄8000貫を与える。 ・富田吉清に俸禄13000貫を与える。 ・針生盛幸に俸禄11000貫を与える。 ・田村隆顕に俸禄12000貫を与える。 ・原田隆種に俸禄7000貫を与える。 ・長坂虎房を武田無人斎の寄騎に任ずる。  長坂虎房を武田無人斎の寄騎に配備したら、忠誠心が14→15に上昇した。  武田無人斎の寄騎になると俸禄減少なのに何故?やっぱり相性ってあるのだろうか? ・松井宗信、近藤景春、立原幸綱、小笠原長雄、妻鳥助兵衛、高橋重種らを木曽義在の 寄騎から大名家直属に戻し、桑折貞長、慶徳元経、国分盛氏、黒川晴氏、佐藤好信、針 生盛幸、田村隆顕、平田宗範、小幡憲重らを木曽義在の寄騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計123000貫→9000貫 =-114000貫の人件費削減)。  小幡憲重だけは例外で、俸禄が3万貫以上なので、一度俸禄を下げた後、忠誠心を高 めてから長野業正の寄騎に配備する考えだ。 ・松井忠次、松平親乗、松平清善、松平資倫、中川重政、簗田広正、阿保式部少輔、宇 山久兼、浦元安、頴娃兼洪らを高梨政頼の寄騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計98000貫→10000貫=-8800 0貫の人件費削減)。 ・新野親矩、天野藤秀、戸田堯光、松平親俊、三浦貞盛、横山盛資、青景隆時、宇都宮 清綱、黒川通俊、斎藤長実らを香坂筑前守の寄騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計85000貫→20000貫=-6500 0貫の人件費削減)。  今回、木曽義在、高梨政頼、香坂筑前守の寄騎配備で、合計306000貫→39000貫 =-267000貫の人件費を削減。  今回の減俸は、一国の太守を追放したに等しいぞ!(鬼) ############################################################################### ●2008-07-10 (27日目・8年目) ############################################################################### ・長野業正を陸奥国千代城へ駐留させる。 ・高梨政頼を陸奥国大館城へ駐留させる。 ・土佐林一族(当主・土佐林禅棟)の居城・出羽国藤島城へ出陣。 ・三好家(当主・三好長慶)の居城・播磨国姫路城へ出陣。  城郭レベルが非常に高いが詰めている武将が敵当主だけなので、外様中心に組織して 一気に包囲で落とす考え。 ・野辺沢一族(当主・野辺沢満重)の出羽国延沢城へ出陣。 ・大崎家(当主・大崎義直)の居城・陸奥国名生城へ出陣。 ・留守一族(当主・留守景宗)の居城・陸奥国岩切城へ出陣。 ・但馬山名家の但馬国芦屋城(城主・安田長秀)へ出陣。 ・本願寺家(当主・本願寺証如)の居城・摂津国石山城へ出陣。 ・大友家の丹波国八木城(城主・内藤国貞)へ出陣。 ・大友家の摂津国茨木城(城主・茨木長隆(従))へ出陣。 ・但馬山名家の丹後国久美浜城(城主・安田長秀)へ出陣。 ・大友家の摂津国芥川城(城主・茨木長隆(従))へ出陣。 ・畠山家(当主・畠山高政)の居城・河内国高屋城へ出陣。 ・大友家の丹波国余部城(城主・松永長頼(従))へ出陣。 ・大友家の紀伊国長藪城(城主・牲川義則(従))へ出陣。 ・畠山家の紀伊国亀山城(城主・湯川直光(従))へ出陣。 ・三好家の紀伊国和田森城へ出陣。 ・三好家の播磨国英賀城(城主・細川藤賢)へ出陣。 ・三好家の和泉国積善寺城へ出陣。 ・畠山家の紀伊国岩室城(城主・畠山義忠)へ出陣。 ・清水一族(当主・清水綱吉)の居城・伊豆国矢崎城へ出陣。 ・丹後国久美浜城を包囲により落城させる。 ・出羽国藤島城に付城を普請する。 ・陸奥国名生城にて野戦に勝利した後、付城を普請する。  守備兵も1800と多く、敵総大将の兵数が3千数百もいるので、強襲にしろ包囲にしろ 大軍勢で出陣し直す必要がある。 ・出羽国延沢城を包囲により落城させる。 ・摂津国芥川城を包囲により落城させる。 ・紀伊国和田森城を包囲により落城させる。 ・紀伊国岩室城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の内ヶ島氏利が敗走する。 ・但馬国芦屋城を包囲により落城させる。 ・紀伊国亀山城を強襲により落城させる。 ・丹波国余部城を強襲により落城させる。 ・和泉国積善寺城を包囲により落城させる。 ・播磨国英賀城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・紀伊国長藪城を強襲により落城させる。 ・河内国高屋城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、佐久間信盛が敗走する。  落城の折に、畠山義宗、畠山高政らが切腹する。 ・伊豆国矢崎城を計略と包囲により落城させる。 ・丹波国八木城を包囲と計略により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  兵糧残り僅か(落城寸前)なので、次回も敵に篭城させれば必ず落とせる。 ・摂津国茨木城を強襲により落城させる。 ・陸奥国岩切城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、飯富虎昌、長野業正らが敗走する。  ぐはっ!?Σ( ̄□ ̄;)!?  苦戦する相手では無い筈なのに、北方侵攻隊の主力が壊滅?!  武将が誰一人と負傷しなかっただけ幸いだったと思うしかない・・・。 ・播磨国姫路城を包囲により落城させる。 ・摂津国石山城を計略により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  城郭レベル:50、兵糧:28796→城郭レベル:48、兵糧:12221  計略を連発して随分と兵糧を減らせた。知略に長けた武将達を集結させた甲斐があっ たかな? 1549年(天文十八年)春下旬 ・出羽国の独立豪族の浅利則祐が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・越後国の独立豪族の色部勝長が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・紀伊国の独立豪族の保田長宗が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・田峯菅沼一族(当主・菅沼定継)が御家再興を果たし、三河国田峯城を奪われる。 ・黒川景氏、浜田広綱、亘理宗隆、不破光治、関胤盛、進藤賢盛、平井定武、百地正西 、佐世清宗、田原親資らが当家に仕官する。 ############################################################################### ●2008-07-11 (28日目・8年目) ############################################################################### ・黒川景氏に俸禄6000貫を与える。 ・内藤隆春に俸禄6000貫を与える。 ・深川康兼に俸禄6000貫を与える。 ・蒲生清親に俸禄8000貫を与える。 ・赤松村秀に俸禄6000貫を与える。 ・肝付兼演に俸禄6000貫を与える。 ・進藤賢盛に俸禄3000貫を与える。 ・大野利直に俸禄7000貫を与える。 ・斉藤利賢に俸禄7000貫を与える。 ・生駒親重に俸禄8000貫を与える。 ・平井定武に俸禄8000貫を与える。 ・小笠原長行に俸禄6000貫を与える。 ・十市遠勝に俸禄6000貫を与える。 ・高島正澄に俸禄8000貫を与える。 ・赤星親家に俸禄7000貫を与える。 ・鎌田光久に俸禄11000貫を与える。 ・今井宗久に俸禄6000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・松井忠次、松平親乗、松平清善、松平資倫、中川重政、簗田広正、阿保式部少輔、宇 山久兼、浦元安、頴娃兼洪らを高梨政頼の寄騎から大名家直属に戻し、神戸長盛、大宮 含忍斎、田丸国忠、浦豊後守、橘宗忠、国府内膳正、佐治隆俊、三浦新助、小浜景隆、 的矢美作守らを高梨政頼の寄騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計112000貫→10000貫 =-102000貫の人件費削減)。 ・桑折貞長、慶徳元経、国分盛氏、黒川晴氏、佐藤好信、針生盛幸、田村隆顕、平田宗範 、小幡憲重らを木曽義在の寄騎から大名家直属に戻し、今井宗久、十市遠勝、高島正澄 、赤松村秀、深川康兼、内藤隆春、小笠原長行、大野利直、蒲生清親らを木曽義在の寄 騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計218000貫→9000貫 =-209000貫の人件費削減)。  今回は、木曽義在、高梨政頼らの寄騎配備で、合計330000貫→19000貫=-311000貫の 人件費を削減。 ・新野親矩、天野藤秀、戸田堯光、松平親俊、三浦貞盛、横山盛資、青景隆時、宇都宮 清綱、黒川通俊、斎藤長実らを香坂筑前守の寄騎から大名家直属に戻す。 ・本願寺家(当主・本願寺証如)の居城・摂津国石山城へ出陣。 ・大友家の播磨国英賀城へ出陣。 ・大友家の播磨国龍野城へ出陣。 ・三好家の播磨国三木城へ出陣。 ・大友家の丹波国八木城(城主・内藤国貞)へ出陣。 ・三好家の和泉国野田山城へ出陣。 ・大友家の摂津国池田城(城主・内藤国貞)へ出陣。 ・独立勢力の紀伊国高野山城(城主・高野山僧兵衆)へ出陣。 ・大友家の播磨国野間城へ出陣。 ・土佐林一族(当主・土佐林禅棟)の居城・出羽国藤島城へ出陣。 ・三好家の和泉国岸和田城へ出陣。 ・大崎家(当主・大崎義直)の居城・陸奥国名生城へ出陣。 ・葛西家(当主・葛西晴胤)の居城・陸奥国寺池城へ出陣。 ・田峯菅沼一族(当主・菅沼定継)の居城・三河国田峯城へ出陣。 ・播磨国英賀城を包囲により落城させる。 ・播磨国野間城を包囲により落城させる。 ・和泉国岸和田城を包囲により落城させる。 ・紀伊国高野山を包囲により落城させる。 ・摂津国池田城を包囲により落城させる。 ・丹波国八木城を包囲により落城させる。 ・播磨国龍野城を包囲により落城させる。 ・和泉国野田山城を包囲により落城させる。 ・播磨国三木城を包囲により落城させる。 ・出羽国藤島城を城攻めの前に、土佐林禅棟が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・三河国田峯城を城攻めの前に、菅沼定継が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・陸奥国名生城を強襲により落城させる。  落城の折、敵の総大将・大崎義直とその親族・大崎義宣、大崎義堅らが切腹する。 ・陸奥国寺池城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の国府胤相、水谷治持の合流部隊が敗走する。合流していた田原 親資が負傷する。  落城の折、敵の親族・葛西直信が切腹する。 ・摂津国石山城を計略により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  城郭レベル:49、兵糧:13211→城郭レベル:47、兵糧:629  今回も計略を連発して兵糧を激減できた。次回は愈々本願寺との最終決戦! 1549年(天文十八年)夏上旬 ・井伊一族(当主・井伊直宗)が御家再興を果たし、遠江国井伊谷城を奪われる。 ・天童頼貞が病に伏せる。 ・江川英元、一宮宗是、真柄景忠、百地丹波守、福留親政、梅月致長らが当家に仕官する。 ・当家の築城法が進歩する。  もう随分長いこと城の普請を行ってないので、城郭レベルが上昇するのは嬉しいが、 維持費も増すので有難迷惑だ・・・。 *別所家が滅亡。 ・江川英元に俸禄2000貫を与える。 ・赤井照泰に俸禄8000貫を与える。 ・小幡憲重に俸禄1000貫を与える。 ・梅月政長に俸禄3000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ############################################################################### ●2008-07-12 (29日目・8年目) ############################################################################### ・神戸長盛、大宮含忍斎、田丸国忠、浦豊後守、橘宗忠、国府内膳正、佐治隆俊、三浦 新助、小浜景隆、的矢美作守らを高梨政頼の寄騎から大名家直属に戻し、斉藤利賢、畠 山駿河守、吉岡春斎、福原則高、熊谷高直、安宅宗景、紀通安、薦野宗鎮、肝付兼演、 平田昌宗らを高梨政頼の寄騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計106000貫→10000貫 =-96000貫の人件費削減)。 ・今井宗久、十市遠勝、高島正澄、赤松村秀、深川康兼、内藤隆春、小笠原長行、大野 利直、蒲生清親らを木曽義在の寄騎から大名家直属に戻し、天方通興、松平家広、松平 政忠、松平利長、織田信賢、津田宗達、土居清宗、貫親清、島津尚久らを木曽義在の寄 騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計54000貫→9000貫=-4500 0貫の人件費削減)。  今回は、木曽義在、高梨政頼らの寄騎配備で、合計160000貫→19000貫=-141000貫の 人件費を削減。 ・三好家の播磨国上月城へ出陣。 ・大友家の播磨国室津城(城主・吉岡長増)へ出陣。 ・独立勢力の紀伊国根来城(城主・根来寺僧兵衆)へ出陣。 ・三好家の紀伊国龍松山城へ出陣。 ・本願寺家(当主・本願寺証如)の居城・摂津国石山城へ出陣。 ・保田一族(当主・保田長宗)の居城・紀伊国阿瀬川城へ出陣。 ・大友家の和泉国岸和田城へ出陣。 ・氏家一族の陸奥国一関城へ出陣。 ・浅利一族(当主・浅利則祐)の居城・出羽国十狐城へ出陣。 ・氏家一族(当主・氏家直継)の居城・陸奥国岩出山城へ出陣。 ・三好家の摂津国有馬城へ出陣。 ・井伊一族(当主・井伊直宗)の居城・遠江国井伊谷城へ出陣。 ・大友家の摂津国伊丹城(城主・伊丹義興(従))へ出陣。 ・紀伊国龍松山城を包囲により落城させる。 ・播磨国室津城を包囲により落城させる。 ・播磨国上月城を包囲により落城させる。 ・陸奥国一関城を包囲により落城させる。 ・摂津国有馬城を包囲により落城させる。 ・和泉国岸和田城を包囲により落城させる。 ・摂津国石山城を計略により落城させる。  最初の計略(城郭レベル:48、兵糧:2629→城郭レベル:46、兵糧:0)で兵糧が尽きた。 ・紀伊国根来城を包囲により落城させる。 ・紀伊国阿瀬川城を包囲により落城させる。 ・遠江国井伊谷城を包囲により落城させる。 ・陸奥国岩出山城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  兵糧を1千弱まで減らしたので、次回の包囲で兵糧が尽きそうだ。  北方の城も残り僅か。このところ北方侵攻隊が壊滅したりしているので、無茶な行動 は控えて慎重に攻めよう。 ・出羽国十狐城を城攻めの前に、浅利則祐が降参するが受け入れず、包囲により城攻め するが、日没のために決着が付かず。  兵糧残り僅かなので、次こそは包囲で落城させることができるだろう。 ・摂津国伊丹城を包囲により落城させる。 1549年(天文十八年)夏下旬 ・出羽国の独立豪族の浅利則祐が、当家の家臣になりたいと申し出るが使者を追い返す。 ・黒川景氏が病死し、養子の黒川信氏が兵を引き継ぐ。 ・安東友季、三田綱秀らが病に伏せる。 ・吉良季堯、牧野成定、佐治為平、斎藤利憲、斎藤利忠、若林長門守、三好政長、武野 紹鴎、柳生宗厳、一色義道、都治隆行、黒田職隆、井上元盛、口羽通良、天野隆綱、宗 像氏男らが当家に仕官する。 ・若林長門守に俸禄3000貫を与える。 ・富樫晴貞に俸禄7000貫を与える。 ・長倉能登守に俸禄7000貫を与える。 ・甲斐親直に俸禄13000貫を与える。 ・松平信孝に俸禄6000貫を与える。 ・三好政長に俸禄17000貫を与える。 ・小原隆言に俸禄6000貫を与える。 ・都治隆行に俸禄14000貫を与える。 ・行松正盛に俸禄6000貫を与える。 ・楽巌寺雅方に俸禄20000貫を与える。 ・山田忠広に俸禄6000貫を与える。 ・酒井政家に俸禄10000貫を与える。 ・山内盛豊に俸禄11000貫を与える。 ・児玉就忠に俸禄14000貫を与える。 ・伊地知重武に俸禄9000貫を与える。 ・蜷川親俊に俸禄6000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・斉藤利賢、畠山駿河守、吉岡春斎、福原則高、熊谷高直、安宅宗景、紀通安、薦野宗鎮 、肝付兼演、平田昌宗らを高梨政頼の寄騎から大名家直属に戻し、黒川信氏、松平信孝 、松平忠次、蜷川親俊、行松正盛、小原隆言、宗像氏男、長倉能登守、伊地知重武、山 田忠広らを高梨政頼の寄騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計132000貫→10000貫 =-122000貫の人件費削減)。 ・天方通興、松平家広、松平政忠、松平利長、織田信賢、津田宗達、土居清宗、貫親清 、島津尚久らを木曽義在の寄騎から大名家直属に戻し、松平家次、三淵晴員、松井正之 、越智家広、佐波興連、平賀広相、占部是安、江上元一、馬場政員らを木曽義在の寄騎 に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計55000貫→9000貫=-4600 0貫の人件費削減)。  今回は、木曽義在、高梨政頼らの寄騎配備で、合計187000貫→19000貫=-168000貫の 人件費を削減。 ############################################################################### ●2008-07-13 (30日目・8年目) ############################################################################### ・三好家の摂津国瀧山城(城主・細川氏綱)へ出陣。 ・大友家の伊予国来島城へ出陣。 ・大友家の讃岐国天霧城へ出陣。 ・氏家一族の陸奥国高水寺城へ出陣。 ・氏家一族(当主・氏家直継)の居城・陸奥国岩出山城へ出陣。 ・浅利一族(当主・浅利則祐)の居城・出羽国十狐城へ出陣。 ・但馬山名家(当主・山名祐豊)の居城・因幡国桐山城へ出陣。 ・大友家の伯耆国米子城(城主・蜂塚右衛門尉)へ出陣。 ・大友家の石見国益田城へ出陣。 ・大友家の出雲国白鹿城へ出陣。 ・大友家の摂津国越水城へ出陣。 ・大友家の因幡国鳥取城(城主・矢部吉茂)へ出陣。 ・三好家(当主・三好長慶)の居城・播磨国尾着城へ出陣。 ・讃岐国天霧城を包囲により落城させる。 ・陸奥国高水寺城を包囲により落城させる。  長野業正を駐留させる。 ・伊予国来島城を包囲により落城させる。 ・摂津国越水城を包囲により落城させる。 ・石見国益田城を包囲により落城させる。 ・出雲国白鹿城を包囲により落城させる。 ・因幡国桐山城を包囲により落城させる。 ・摂津国瀧山城を包囲により落城させる。 ・陸奥国岩出山城を包囲により落城させる。 ・出羽国十狐城を城攻めの前に、浅利則祐が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。  高梨政頼を駐留させる。 ・伯耆国米子城を包囲により落城させる。 ・因幡国鳥取城を包囲により落城させる。 ・播磨国尾着城にて野戦に勝利した後、包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城さ せる。 1549年(天文十八年)秋上旬 ・臣従の陸奥国毛馬内城の毛馬内一族(当主・毛馬内秀範)が南部家を離反して当家の 家臣になる。 ・臣従の陸奥国九戸城の九戸南部一族(当主・九戸信仲)が南部家を離反して当家の家 臣になる。 ・各地で凶作になる。 ・大田原資清、真柄景忠らが病に伏せる。 ・長沼実国、富田滋実、新田景純、横田康景、石成友通、本城常光、香川元景、十時惟忠 、北郷忠相らが当家に仕官する。 ・武田家(当主・武田信繁)が御家再興を果たし、甲斐国府中城、甲斐国岩殿城、甲斐 国御坂城、信濃国海野口城、信濃国船山城を奪われる。  うぎゃ?!武田家に五つも城を奪われた?!何故だか晴信は居ない? *小寺家が滅亡。 ・佐竹義廉に俸禄9000貫を与える。 ・吉良季堯に俸禄4000貫を与える。 ・天野隆綱に俸禄4000貫を与える。 ・日比野清実に俸禄7000貫を与える。 ・長沼実国に俸禄7000貫を与える。 ・佐竹義廉に俸禄9000貫を与える。 ・香川元景に俸禄5000貫を与える。 ・明石景親に俸禄13000貫を与える。 ・本城常光に俸禄2000貫を与える。 ・黒川信氏、松平信孝、松平忠次、蜷川親俊、行松正盛、小原隆言、宗像氏男、長倉能 登守、伊地知重武、山田忠広らを高梨政頼の寄騎から大名家直属に戻し、長沼実国、吉 良季堯、木村定重、生駒親重、日比野清実、武井夕庵、林道慶、都治隆行、阿曽沼弘秀 、武田信綱らを高梨政頼の寄騎に任ずる。  俸禄に見合わない能力の武将たちの実質的な減俸処置(合計119000貫→10000貫 =-109000貫の人件費削減)。  今年(冬下旬以降)では、合計1102000貫→106000貫=-996000貫の人件費を削減した 。(鬼)  CPを使ってまで人件費を削減するくらいなら、初めからそんな武将を雇わなければ 良い。  然しながら、武将の頭数が必要だった時期に雇った武将で不必要になった者が数多く 存在する(最近も?)。  用済みの武将を追放すると害悪が発生する。そんな武将は攻城戦の時に合流させずに 単体で突撃したりする役目を担う。  武将の忠誠心が10以下になったら俸禄を倍増し、俸禄が能力に見合わないくらいに高 騰したら、秋までに寄騎に配備して人件費を削減──。(々) ・陸奥国高水寺城に駐留していた、長野業正を帰還させる。 ・三好家の阿波国撫養城(城主・足利義維)へ出陣。 ・大友家の讃岐国西長尾城(城主・奈良元信)へ出陣。 ・大友家の安芸国銀山城(城主・武田信重)へ出陣。 ・武田家(当主・武田信繁)の居城・甲斐国府中城へ出陣。  深い意味は無いのだが、武田無人斎率いる当家の主力部隊(甲斐国、信濃国の侍大将 たち)の大軍勢で出撃。 ・大友家の讃岐国聖通寺城(城主・奈良元信)へ出陣。 ・武田家の信濃国海野口城へ出陣。 ・三好家(当主・三好長慶)の居城・播磨国魚住城へ出陣。 ・大友家の因幡国天神山城(城主・由比光張)へ出陣。 ・大友家の因幡国若桜城(城主・山名氏兼)へ出陣。 ・大友家の出雲国富田城へ出陣。 ・南部家(当主・南部晴政)の居城・陸奥国三戸城へ出陣。 ・大浦一族(当主・大浦政信)の居城・陸奥国大浦城へ出陣。 ・大浦一族の陸奥国石川城へ出陣。 ・大友家の讃岐国勝賀城(城主・香西元成(従))へ出陣。 ・大友家の阿波国渭山城へ出陣。 ・武田家の甲斐国御坂城へ出陣。 ・武田家の信濃国船山城へ出陣。 ・大友家の石見国津和野城へ出陣。 ・独立勢力の紀伊国手取城(城主・玉置党)へ出陣。 ・武田家の甲斐国岩殿城(城主・武田信廉)へ出陣。 ・信濃国海野口城を包囲により落城させる。 ・陸奥国石川城を包囲により落城させる。 ・阿波国渭山城を包囲により落城させる。 ・甲斐国御坂城を包囲により落城させる。 ・石見国津和野城を包囲により落城させる。 ・出雲国富田城を包囲により落城させる。 ・甲斐国岩殿城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・信濃国船山城を包囲により落城させる。 ・阿波国西長尾城を包囲により落城させる。 ・因幡国若桜城を包囲により落城させる。 ・因幡国天神山城を包囲により落城させる。 ・安芸国銀山城を包囲により落城させる。 ・阿波国撫養城を包囲により落城させる。 ・阿波国聖通寺城を包囲により落城させる。 ・甲斐国府中城を包囲により落城させる。 ・紀伊国手取城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  残りの兵糧は1千程度。次回の包囲で落とせるだろう。 ・陸奥国三戸城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の神宮寺掃部介、前田薩摩守らが敗走する。  落城の折、敵の総大将の南部晴政が切腹する。  高梨政頼を駐留させる。 ・陸奥国大浦城を包囲により落城させる。 ・阿波国勝賀城を包囲により落城させる。 ・播磨国魚住城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  残りの兵糧は数百ほど。もう1ターンあれば・・・。 1549年(天文十八年)秋下旬 ・鮭延一族(当主・佐々木貞綱)が御家再興を果たし、出羽国鮭延城を奪われる。 ・進藤一族(当主・進藤貞治)が御家再興を果たし、近江国木浜城を奪われる。 ・高山外記が病に伏せる。 ・小山田頼定、斯波詮直、菅谷政貞、蒲原氏徳、村井貞勝、佐藤信則、山県秀政、松永 長頼、松浦肥前守、矢部吉茂、神西元通らが当家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。  ゲームの勝利条件は、征服王を目標にしているので、条件1の”朝廷からひとつも官 職もらっていないこと。”を満たす為に官職は無視。  外交フェイズに朝廷に使者を派遣しているのは、関白や征夷大将軍の勝利条件も満た せして全てのエンディングを拝める様にするため。 ・小野寺景道が、不作のため援助を求め(31000貫)を求め、応じる。 ・土岐為元が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・長野業正が、不作のため援助を求め(10000貫)を求め、応じる。 ・太田資正が、不作のため援助を求め(7000貫)を求め、応じる。 ・太原雪斎が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・甘利虎泰が、不作のため援助を求め(5000貫)を求め、応じる。 ・原虎胤が、不作のため援助を求め(6000貫)を求め、応じる。 ・飯富虎昌が、不作のため援助を求め(8000貫)を求め、応じる。 ・高梨政頼が、不作のため援助を求め(3000貫)を求め、応じる。 ・真田幸綱が、不作のため援助を求め(2000貫)を求め、応じる。 ・朝倉景紀が、不作のため援助を求め(21000貫)を求め、応じる。 ・蒲生定秀が、不作のため援助を求め(6000貫)を求め、応じる。 ############################################################################### ●2008-07-14 (31日目・8年目) ############################################################################### ・赤尾清綱に俸禄8000貫を与える。 ・吉江宗信に俸禄11000貫を与える。 ・神西元通に俸禄2000貫を与える。 ・黒川清実に俸禄8000貫を与える。 ・松永長頼に俸禄22000貫を与える。 ・矢部吉茂に俸禄30000貫を与える。 ・牛尾幸清に俸禄27000貫を与える。 ・香曽我部親秀に俸禄14000貫を与える。 ・富田滋実に俸禄6000貫を与える。 ・松浦肥前守に俸禄6000貫を与える。 ・今泉道善に俸禄6000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・三好家(当主・三好長慶)の居城・播磨国魚住城へ出陣。 ・大友家の石見国三隅城(城主・名和行興)へ出陣。 ・大友家の出雲国神西城へ出陣。 ・八戸南部一族(当主・八戸信長)の居城・陸奥国八戸城へ出陣。 ・浪岡御所一族(当主・北畠具統)の居城・陸奥国浪岡城へ出陣。 ・鮭延一族(当主・佐々木貞綱)の居城・出羽国鮭延城へ出陣。 ・独立勢力の紀伊国手取城(城主・玉置党)へ出陣。 ・尼子家の出雲国三沢城(城主・三沢為幸)へ出陣。 ・進藤一族(当主・進藤貞治)の居城・近江国木浜城へ出陣。 ・大友家の因幡国鹿野城へ出陣。 ・因幡国鹿野城を包囲により落城させる。 ・出羽国鮭延城を包囲により落城させる。 ・出雲国神西城を包囲により落城させる。 ・陸奥国浪岡城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の神宮寺掃部介、前田薩摩守が敗走する。 ・播磨国魚住城を包囲により落城させる。 ・石見国三隅城を包囲により落城させる。 ・紀伊国手取城を包囲により落城させる。 ・陸奥国八戸城を城攻めの前に、八戸信長が降参するが受け入れず、強襲により落城さ せる。  攻城戦の際に、小野寺景道が敗走する。 ・近江国木浜城を城攻めの前に、進藤貞治が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・出雲国三沢城を包囲により落城させる。 1549年(天文十八年)冬上旬 ・奥州畠山一族(当主・畠山義国)が御家再興を果たし、陸奥国三春城を奪われる。 ・秋山一族(当主・秋山直国)が御家再興を果たし、大和国秋山城を奪われる。 ・各地で飢饉になる。 ・平重能、国府内膳正らが病に伏せる。 ・本多忠豊、前波景定、伊丹親興、桂元澄、問田隆盛、杉重矩、木下昌直らが当家に仕 官する。 ############################################################################### ●2008-07-15 (32日目・9年目) ############################################################################### ・安藤良整を宿老に任命する。 ・被害対策の確保(被害対策3/6000貫)を行う。 ・本城移動を実行し、当家本城を尾張国清洲城より摂津国石山城へ移す。  CP10 消費資金120000(総資金の7.3%程度)を費やした。 ・家臣への引き立てを行い、色部一族(当主・色部勝長)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、後藤一族(当主・後藤賢豊)が当家の譜代となる。 ・後藤賢豊の居城移動を行う。  近江国長光寺城(居)+山城国船岡山城から、伯耆国米子城(居)へ転封。俸禄81157 7石→28622石  転封した最前線の城を敵が攻め落としてくれたら、本城に帰還して侍大将になってく れたら良いな・・という希望的観測な処置。(鬼)  この手が上手く行ったら、まだ何家か譜代化するほどでも無いが追放は惜しい一族を この手で侍大将化して行こうと思うが上手く行くか? ・北畠具種を阿波国撫養城の城主に任ずる。 ・甲斐親直を阿波国渭山城の城主に任ずる。 ・九戸南部一族(当主・九戸信仲)を追放する。 ・杉目牧野一族(当主・牧野相模守)を追放する。 ・毛馬内南部一族(当主・毛馬内秀範)を追放する。 ・広瀬一族(当主・広瀬利治)を追放する。 ・内ヶ島一族(当主・内ヶ島氏利)を追放する。 ・小島姉小路一族(当主・姉小路時親)を追放する。 ・江馬一族(当主・江馬時盛)を追放する。  外様を追放しても威信や家臣たちの忠誠心に影響は無い様なので、不必要な外様は追 放して討伐だ。  追放した外様の討伐には、北方侵攻の任務が終了した武将達に任せることにしよう。  暇を持て余す位なら出陣すれば、経験値稼ぎにもなるからね!(鬼) ・山県秀政に俸禄5000貫を与える。 ・吉江宗信、黒川清実、新発田綱貞、中条藤資、長尾景信、斎藤利憲、斎藤利忠、畠山 駿河守らを色部勝長の寄騎に任ずる。 ・家城主水祐、関胤盛、神戸長盛、大宮含忍斎、鳥屋尾石見守、田丸国忠、浦豊後守、 橘宗忠、小浜景隆、的矢美作守らを北畠具種の寄騎に任ずる。 ・犬童頼安、上村頼孝、赤星親家、長倉能登守、北郷忠相、伊地知重武、樺山善久、蒲 生清親、肝付兼演、山田忠広らを甲斐親直の寄騎に任ずる。 ・杉目牧野一族(当主・牧野相模守)の居城・陸奥国杉目城へ出陣。 ・奥州畠山一族(当主・畠山義国)の居城・陸奥国三春城へ出陣。 ・毛馬内南部一族(当主・毛馬内秀範)の居城・陸奥国毛馬内城へ出陣。 ・九戸南部一族(当主・九戸信仲)の居城・陸奥国九戸城へ出陣。 ・大友家の阿波国牛岐城へ出陣。 ・大友家の阿波国勝瑞城へ出陣。 ・尼子家の備前国岡山城(城主・金光宗高(従))へ出陣。 ・尼子家の備後国鞆城(城主・渡辺兼之(従))へ出陣。 ・尼子家の備後国蔀山城(城主・多賀山通続(従))へ出陣。 ・尼子家の伯耆国羽衣石城へ出陣。 ・尼子家の出雲国高瀬城(城主・米原綱寛(従))へ出陣。 ・尼子家の出雲国三刀屋城(城主・三刀屋久祐(従))へ出陣。 ・尼子家の伯耆国尾高城(城主・三沢為幸)へ出陣。 ・尼子家の備中国笹岡山城(城主・山名忠成(従))へ出陣。 ・大友家の備前国常山城へ出陣。 ・秋山一族(当主・秋山直国)の居城・大和国秋山城へ出陣。 ・広瀬一族の飛騨国高山城へ出陣。 ・大友家の伊予国金子山城(城主・金子元成(従))へ出陣。 ・阿波国勝瑞城を計略と包囲により落城させる。 ・阿波国牛岐城を包囲により落城させる。 ・備前国常山城を強襲により落城させる。 ・伯耆国羽衣石城を包囲により落城させる。 ・陸奥国杉目城を強襲により落城させる。 ・陸奥国毛馬内城を強襲と包囲により落城させる。 ・陸奥国九戸城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の国分胤相が敗走する。 ・備後国鞆城を包囲により落城させる。 ・備前国岡山城を包囲により落城させる。 ・陸奥国三春城を城攻めの前に、畠山義国が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・出雲国三刀屋城を包囲により落城させる。 ・伯耆国尾高城を包囲により落城させる。 ・飛騨国高山城を包囲により落城させる。 ・備後国蔀山城を包囲により落城させる。 ・出雲国高瀬城を強襲により落城させる。 ・備中国笹岡山城を包囲により落城させる。 ・大和国秋山城を城攻めの前に、秋山直国が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・伊予国金子山城を包囲により落城させる。 ------------------------------------------------------------------------------ 1550年(天文十九年)冬下旬 ・臣従の美作国矢筈城の山名左馬助一族(当主・山名豊成)が尼子家を離反して当家の 家臣になる。 ・臣従の備前国砥石山城の浮田一族(当主・浮田国定)が尼子家を離反して当家の家臣 になる。 ・臣従の備中国幸山城の甲山石川一族(当主・石川久智)が尼子家を離反して当家の家 臣になる。 ・臣従の出雲国赤穴城の赤穴一族(当主・赤穴盛清)が尼子家を離反して当家の家臣に なる。 ・菅谷一族(当主・菅谷勝貞)が御家再興を果たし、常陸国土浦城を奪われる。 ・東金酒井一族(当主・酒井敏房)が御家再興を果たし、上総国東金城を奪われる。 ・各地で飢饉になる。 ・上坂景信が病死し、一族の上坂景朝が兵を引き継ぐ。 ・難波田隼人佑、河合吉統、富田吉清らが病に伏せる。 ・海上胤富、足利頼淳、七里頼周、衣笠範景、蜂塚丹波守、福屋隆兼、魚住忠長、小寺 直秀、武田信重、千葉胤連、島津忠家らが当家に仕官する。 *阿波細川家が滅亡。 ############################################################################### ●2008-07-16 (33日目・9年目) ############################################################################### ▼現在の状況 1:村上家(1342万石)、2:大友家(305万石)、3:尼子家(55万石)、4:長尾 家(47万石)、5:十河家(2万石)、6:三好家(1万石) ・蜂屋丹波守に俸禄10000貫を与える。 ・福屋隆兼に俸禄10000貫を与える。 ・前波景定に俸禄5000貫を与える。 ・佐竹義堅に俸禄10000貫を与える。 ・瀬名氏俊に俸禄17000貫を与える。 ・池田信正に俸禄23000貫を与える。 ・簗田晴助に俸禄6000貫を与える。 ・金森可近に俸禄6000貫を与える。 ・織田藤左衛門に俸禄7000貫を与える。 ・織田因幡守に俸禄7000貫を与える。 ・高城胤吉、皆川成勝、佐野豊綱らを水谷政村の寄騎から大名家直属に戻し、佐竹義堅 、佐竹義廉、真壁久幹らを水谷政村の寄騎に任ずる。 ・長倉能登守、北郷忠相、伊地知重武、樺山善久、蒲生清親、肝付兼演、山田忠広らを 甲斐親直の寄騎から大名家直属に戻し、本多忠豊、伊丹親興、三好政長、武田信重、松 浦肥前守、矢部吉茂、鈴木重意らを甲斐親直の寄騎に任ずる。  松浦肥前守を寄騎に配備したら、忠誠心が21→24に上昇した。  今回の寄騎配備は、俸禄が高騰した武将(3万貫以上)の減俸と共に、一時的に甲斐 親直の部隊の兵数を高める為の配備。 ・粟屋光若、山県秀政らを武藤友益の寄騎に任ずる。 ・尼子家の美作国医王山城へ出陣。 ・大友家の石見国山吹城へ出陣。 ・三好家(当主・三好長慶)の居城・阿波国上桜城へ出陣。 ・尼子家の備中国楪城へ出陣。 ・尼子家(当主・尼子晴久)の居城・美作国三星城へ出陣。 ・大友家の石見国福屋城へ出陣。 ・江馬一族(当主・江馬時盛)の居城・飛騨国諏訪城へ出陣。 ・広瀬一族(当主・広瀬利治)の居城・飛騨国田中城へ出陣。 ・尼子家の備後国比叡尾城へ出陣。 ・大友家の讃岐国引田城(城主・四宮光行(従))へ出陣。 ・菅谷一族(当主・菅谷勝貞)の居城・常陸国土浦城へ出陣。 ・東金酒井一族(当主・酒井敏房)の居城・上総国東金城へ出陣。 ・尼子家の備後国甲山城へ出陣。 ・尼子家の備前国三石城へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、尼子家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、尼子家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、尼子家と絶縁 する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、大友家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、大友家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、大友家と絶縁 する。 ・石見国福屋城を包囲により落城させる。 ・備後国甲山城を包囲により落城させる。 ・備後国比叡尾城を包囲により落城させる。 ・備前国三石城を包囲により落城させる。 ・備中国楪城を包囲により落城させる。 ・美作国医王山城を包囲により落城させる。 ・石見国山吹城を包囲により落城させる。 ・飛騨国諏訪城を城攻めの前に、江馬時盛が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・阿波国上桜城を包囲により落城させる。 ・飛騨国田中城を包囲により落城させる。 ・讃岐国引田城を包囲により落城させる。 ・上総国東金城を城攻めの前に、酒井敏房が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・常陸国土浦城を城攻めの前に、菅谷勝貞が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・美作国三星城を包囲と計略により落城させる。 ・讃岐国西長尾城を大友家に攻め入られ、計略により落城する。 1550年(天文十九年)春上旬 ・臣従の備後国有福城の三吉一族(当主・三吉政高)が尼子家を離反して当家の家臣に なる。 ・小野崎一族(当主・小野崎政通)が御家再興を果たし、常陸国山尾城を奪われる。 ・横瀬一族(当主・横瀬成繁)が御家再興を果たし、上野国金山城を奪われる。 ・温井一族(当主・温井総貞)が御家再興を果たし、能登国天堂城を奪われる。 ・美濃国牛屋城の代わりに大垣城が築かれる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・武田信応、赤松村秀らが病に伏せる。 ・田手宗光、上杉憲勝、津田盛月、蜂須賀正勝、木下佑久、山吉政久、上条頼房、今井 綱秀、朝倉景連、山崎宗家、高野山天養院、別所重棟、奈良元信、薬丸兼将、伊集院忠 朗らが当家に仕官する。 ・東常慶の縁者、東常堯が当家に仕官する。 ・天野藤秀に俸禄2000貫を与える。 ・伊集院忠朗に俸禄3000貫を与える。 ・山吉政久に俸禄2000貫を与える。 ・奈良元信に俸禄23000貫を与える。 ・上条頼房に俸禄3000貫を与える。 ・鎌田政年に俸禄10000貫を与える。 ・安藤良整に俸禄6000貫を与える。 ・杉重矩に俸禄22000貫を与える。 ・佐野豊綱に俸禄9000貫を与える。 ・粟屋就方に俸禄6000貫を与える。 ・山吉政久、上条頼房らを色部勝長の寄騎に任ずる。 ・桐生助綱、斎藤憲広、長尾景盛、上杉静賢らを長野業正の寄騎から大名家直属に戻し 、金井秀景、小幡憲重、赤井照泰らを長野業正の寄騎に任ずる。 ・大友家の讃岐国雨瀧城(城主・安富盛方(従))へ出陣。 ・大友家の阿波国上桜城へ出陣。 ・尼子家(当主・尼子晴久)の居城・美作国神楽尾城へ出陣。 ・尼子家の備後国銀山城へ出陣。 ・尼子家の伯耆国倉吉城へ出陣。 ・小島姉小路一族(当主・姉小路時親)の居城・飛騨国小島城へ出陣。 ・大友家の安芸国小倉山城へ出陣。 ・尼子家の備前国沼城へ出陣。 ・尼子家の備前国天神山城へ出陣。 ・大友家の石見国今井城へ出陣。 ・大友家の石見国温湯城へ出陣。 ・温井一族(当主・温井総貞)の居城・能登国天堂城へ出陣。 ・尼子家の伯耆国八橋城城へ出陣。 ・尼子家の備中国松山城へ出陣。 ・小野崎一族(当主・小野崎成通)の居城・常陸国山尾城へ出陣。 ・讃岐国天霧城を大友家に攻め入られ、強襲により落城する。 ・安芸国銀山城を大友家に攻め入られ、計略と強襲により落城する。 ・石見国温湯城を包囲により落城させる。 ・讃岐国雨瀧城を包囲により落城させる。 ・阿波国上桜城を包囲により落城させる。 ・備後国銀山城を包囲により落城させる。 ・石見国今井城を包囲により落城させる。 ・安芸国小倉山城を包囲により落城させる。 ・伯耆国八橋城を包囲により落城させる。 ・備前国沼城を包囲により落城させる。 ・伯耆国倉吉城を包囲により落城させる。 ・飛騨国小島城を包囲により落城させる。 ・備前国天神山城を包囲により落城させる。 ・備中国松山城を包囲により落城させる。 ・能登国天堂城の支配が温井一族から長尾家に変化。  長尾家と当家は、不戦同盟を結んでおり、出陣を中止する。 ・常陸国山尾城を城攻めの前に、小野崎成通が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・美作国神楽尾城を包囲により落城させる。  三沢為清が降参、家臣として登用する。 1550年(天文十九年)春下旬 ・臣従の美作国稲荷山城の美作原田一族(当主・原田忠長)が尼子家を離反して当家の 家臣になる。 ・臣従の美作国岩屋城の美作中村一族(当主・中村則治)が尼子家を離反して当家の家 臣になる。 ・臣従の備前国虎倉城の伊賀一族(当主・伊賀勝隆)が尼子家を離反して当家の家臣に なる。 ・北庄朝倉一族(当主・朝倉景有)が御家再興を果たし、越前国北ノ庄城を奪われる。 ・永原一族(当主・永原大炊助)が御家再興を果たし、近江国永原城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。 ・瀬名氏俊が病に伏せる。 ・留守顕宗、壬生周長、日比野弘就、寺崎盛永、茨木長隆、三好長房、芦田秀家、三好 兼則、名和行興らが当家に仕官する。 ・色部勝長の一族の色部顕長が、敵に内応を通じていることが発覚するが討伐はせずに 許す。  内応を唆してきた長尾家との外交関係が悪化し、交戦状態に陥る。  東国は軍事同盟を締結している長尾家だけだが、長尾家とは婚姻関係もあり、嫁いで 来た姫との間に女子が誕生すれば姫武将も見られるだろうかと思いつつも、早河姫がま だ13才と幼く、まだまだ様子を見て見ようかと思っていたところでの出来事──。  幸い姫とは離縁しなかったので、一先ず使者を遣わし和議を結ぼう・・・。  ところで、今作では姫にも名前や年齢の設定があるので、どんなに堅物の武将であっ ても、幼な妻が嫁いで来ると単なる変態オヤジにしか思えてならない。(汗)  当主・村上義清は50歳(当時44歳)で早河姫は13才(当時7歳)なので、37歳差の年 の差婚?!(爆)  嫌々、早河姫が幼過ぎるので嫡男・国清との婚姻だった・・と考えたいが、早河姫が 嫁いで来た時点(1544年冬上旬)で国清(1546年生まれ)はまだ誕生していない・・・。 ・斎藤一族(当主・斎藤義龍)が御家再興を果たし、尾張国岩倉城を奪われる。 *備前浦上家が滅亡。 ############################################################################### ●2008-07-17 (34日目・9年目) ############################################################################### ・三沢為清に俸禄2000貫を与える。 ・浅井亮親に俸禄6000貫を与える。 ・名和行興に俸禄14000貫を与える。 ・三好兼則に俸禄14000貫を与える。 ・長尾家に使者を派遣し、和議が成立する。 ・本多忠豊、伊丹親興、三好政長、武田信重、松浦肥前守、矢部吉茂、鈴木重意らを甲 斐親直の寄騎から大名家直属に戻し、織田因幡守、織田藤左衛門、茨木長隆、三好兼則 、名和行興らを甲斐親直の寄騎に任ずる。 ・長野業正を尾張国清洲城へ駐留させる。 ・水谷政村を阿波国牛岐城へ駐留させる。 ・飯富虎昌を摂津国石山城へ駐留させる。 ・北条綱成を美濃国稲葉山城へ駐留させる。 ・大友家の周防国亀尾城(城主・弘中隆兼)へ出陣。 ・大友家の安芸国五龍城へ出陣。 ・大友家の安芸国郡山城へ出陣。 ・大友家の阿波国脇城へ出陣。 ・尼子家の備中国成羽城(城主・尼子豊久)へ出陣。 ・尼子家の備中国高松城(城主・石川久幸)へ出陣。 ・十河家(当主・十河一存)の居城・讃岐国十河城へ出陣。 ・大友家の長門国指月城へ出陣。 ・尼子家の備後国三原城へ出陣。 ・大友家の伊予国大津城へ出陣。 ・大友家の長門国渡川城へ出陣。 ・大友家の讃岐国昼寝城へ出陣。 ・大友家の讃岐国天霧城へ出陣。 ・北庄朝倉一族(当主・朝倉景有)の居城・越前国北ノ庄城へ出陣。 ・大友家の伊予国高峠城(城主・宇礼志野通久)へ出陣。 ・尼子家の備中国猿掛城へ出陣。 ・尼子家の備後国神辺城へ出陣。 ・尼子家の備前国金川城へ出陣。 ・大友家の伊予国国分山城へ出陣。 ・尼子家(当主・尼子晴久)の居城・美作国高田城へ出陣。 ・内ヶ島一族(当主・内ヶ島氏利)の居城・飛騨国帰雲城へ出陣。 ・斎藤家(当主・斎藤義龍)の居城・尾張国岩倉城へ出陣。 ・永原一族(当主・永原大炊助)の居城・近江国永原城へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、大友家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、大友家と絶縁 する。 ・土持親成が、讃岐国昼寝城から讃岐国雨瀧城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・祁答院良重が、阿波国脇城から阿波国上桜城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・讃岐国天霧城を包囲により落城させる。 ・長門国渡川城を包囲により落城させる。 ・飛騨国帰雲城を包囲により落城させる。 ・伊予国高峠城を包囲により落城させる。 ・備前国神辺城を包囲により落城させる。 ・安芸国五龍城を包囲により落城させる。 ・長門国指月城を包囲により落城させる。 ・備中国猿掛城を包囲により落城させる。 ・備前国金川城を包囲により落城させる。 ・近江国永原城を包囲により落城させる。 ・伊予国国分山城を包囲により落城させる。 ・阿波国脇城を包囲により落城させる。 ・安芸国郡山城を包囲により落城させる。 ・讃岐国昼寝城を包囲により落城させる。 ・越前国北ノ庄城を強襲により落城させる。 ・備中国高松城を包囲により落城させる。 ・備後国三原城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、吉田重俊(負傷)、三木直頼らが敗走する。 ・伊予国丸串城を包囲により落城させる。 ・備中国成羽城を包囲により落城させる。 ・周防国亀尾城を包囲により落城させる。 ・讃岐国十河城を包囲により落城させる。 ・尾張国岩倉城を包囲により落城させる。 ・美作国高田城を包囲により落城させる。  落城の折に、三沢為幸が降参、家臣として登用する。 ・紀伊国雑賀城を大友家に攻め入られ、強襲により落城する。 1550年(天文十九年)夏上旬 ・武永一族(当主・武永義忠)が御家再興を果たし、出羽国小国城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・三浦左衛門尉が病死し、末子の三浦助定が兵を引き継ぐ。 ・多米元益が病に伏せる。 ・日野有祐、長尾景秀、宮城政業、下間兵庫助、赤松義祐、浦上宗景、金子元成、村上 武吉、畑山元氏、麻生隆守、小河信安、少弐政興、伊東治部少輔らが当家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 *備前松田家が滅亡。 ・日野有祐に俸禄1000貫を与える。 ・三沢為幸に俸禄4000貫を与える。 ・金子元成に俸禄22000貫を与える。 ・本多忠豊に俸禄2000貫を与える。 ・森寺藤左衛門に俸禄7000貫を与える。 ・鬼庭良直に俸禄8000貫を与える。 ・駒井政武に俸禄11000貫を与える。 ・安見信国に俸禄12000貫を与える。 ・武田信重に俸禄1000貫を与える。 ・菅谷政貞に俸禄2000貫を与える。 ・上野国金山城の横瀬一族(当主・横瀬成繁)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・陸奥国大館城の蛎崎一族(当主・蛎崎季広)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・備後国因島城の因島村上一族(当主・村上尚吉)に臣従の通達を送り、当家の外様に なる。 ・三浦助定を武田無人斎の寄騎に任ずる。 ・壬生周長を小山高朝の寄騎に任ずる。 ############################################################################### ●2008-07-18 (35日目・9年目) ############################################################################### ・大友家の伊予国黒瀬城へ出陣。 ・大友家の伊予国松前城(城主・松永久秀)へ出陣。 ・大友家の讃岐国獅子ノ鼻城(城主・山田元通)へ出陣。 ・大友家の安芸国桜尾城へ出陣。 ・大友家の安芸国銀山城へ出陣。 ・大友家の阿波国重清城へ出陣。 ・大友家の紀伊国雑賀城へ出陣。 ・尼子家の伯耆国江美城(城主・尼子誠久)へ出陣。 ・伊予国黒瀬城を包囲により落城させる。 ・伊予国松前城を強襲により落城させる。 ・安芸国桜尾城を包囲により落城させる。 ・安芸国銀山城を包囲により落城させる。 ・阿波国重清城を包囲により落城させる。 ・紀伊国雑賀城を包囲により落城させる。  飯富虎昌を駐留させる。 ・伯耆国江見城に付城を普請する。 ・讃岐国獅子ノ鼻城を包囲により落城させる。 ・祁答院良重が、讃岐国西長尾城から讃岐国天霧城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・伊予国金小山城を大友家に攻め入られ、強襲により落城する。 1550年(天文十九年)夏下旬 ・鹿島一族(当主・鹿島治時)が御家再興を果たし、常陸国鹿島城を奪われる。 ・関東、山陽地方が好天になる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・真柄景忠が病死し、一族の真柄景吉が兵を引き継ぐ。 ・松浦肥前守が病死し、養子の松浦重職が兵を引き継ぐ。 ・口羽通良、畠山常重らが病に伏せる。 ・北信愛、内藤康行、宇喜多忠家、西園寺実充、龍造寺家純、益田重兼らが当家に仕官 する。 ・色部勝長が、敵に内応を通じていることが発覚するが討伐はせずに許す。  1550年春下旬に色部勝長の一族の色部顕長が内応を通じていることが発覚したが、ま たしても・・・。  有能な武将だけに寛大な処置で対応したが、長尾家との外交関係がまたも悪化・・・。  そろそろ長尾家を追討する時期なのかも知れないが、姫が帰っちゃうだろうからなぁ〜。  (※長尾家の早河姫を気に入っているのではなく、物議を醸している姫武将を一度見 てみたいから悩んでいる。) ・田原親資に俸禄4000貫を与える。 ・板垣信方に俸禄11000貫を与える。 ・龍造寺家純に俸禄17000貫を与える。 ・一色義道に俸禄1000貫を与える。 ・屋代政国に俸禄17000貫を与える。 ・蘆田信守に俸禄6000貫を与える。 ・長尾家に使者を派遣し、和議が成立する。 ・那波宗元、狩野泰光らを北条綱成の寄騎から大名家直属に戻し、皆川成勝、佐野豊綱 、内藤康行らを北条綱成の寄騎に任ずる。 ・織田因幡守、織田藤左衛門、茨木長隆、三好兼則、名和行興らを甲斐親直の寄騎から 大名家直属に戻し、西園寺実充、田原親資、梅月政長、五条鑑量、龍造寺家純らを甲斐 親直の寄騎に任ずる。 ・大友家の伊予国川之江城へ出陣。 ・大友家の讃岐国西長尾城へ出陣。 ・大友家の阿波国白地城へ出陣。 ・大友家の周防国高嶺城へ出陣。 ・大友家の豊前国松山城へ出陣。 ・大友家の安芸国槌山城(城主・鍋島清久)へ出陣。 ・大友家の安芸国高山城へ出陣。 ・大友家の長門国青景城へ出陣。 ・大友家の長門国勝山城へ出陣。 ・鹿島一族(当主・鹿島治時)の居城・常陸国鹿島城へ出陣。 ・大友家の筑前国博多城(廃城)へ出陣。 ・尼子家の伯耆国江美城(城主・尼子誠久)へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、大友家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、大友家と絶縁 する。 ・筑前国博多城(廃城)を落城させる。 ・讃岐国西長尾城を包囲により落城させる。 ・伊予国川之江城を包囲により落城させる。 ・阿波国白地城を包囲により落城させる。 ・長門国青景城を包囲により落城させる。 ・安芸国高山城を包囲により落城させる。 ・長門国勝山城を包囲により落城させる。 ・豊前国松山城を包囲により落城させる。 ・安芸国槌山城を包囲により落城させる。 ・常陸国鹿島城を包囲により落城させる。 ・伯耆国江美城を包囲により落城させる。  篭城していた尼子家の武将たちは安芸国宮ノ尾城へと退却。 ・周防国高嶺城を包囲により落城させる。 ・伊予国高峠城を大友家に攻め入られ、強襲により落城する。 1550年(天文十九年)秋上旬 ・各地で凶作になる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・平賀広相が病に伏せる。 ・武田信隆、樋口兼村、三宅総賢、赤井家清、内藤国貞、牲川義則、寒川元清らが当家 に仕官する。 ・牲川義則に俸禄26000貫を与える。 ・朝倉景連に俸禄9000貫を与える。 ・武田信隆に俸禄6000貫を与える。 ・磯野員昌に俸禄6000貫を与える。 ・赤井家清に俸禄23000貫を与える。 ・富田吉清に俸禄26000貫を与える。 ・茨木長隆に俸禄1000貫を与える。 ・武田信隆を土岐為元の寄騎に任ずる。 ・西園寺実充、田原親資、梅月政長、五条鑑量、龍造寺家純らを甲斐親直の寄騎から大 名家直属に戻し、宇津呂丹波守、富樫晴貞、真柄景吉、富田吉清、内藤国貞、牲川義則 らを甲斐親直の寄騎に任ずる。 ・大友家の周防国右田岳城へ出陣。 ・大友家の長門国岡部城へ出陣。 ・大友家の長門国諏訪山城へ出陣。 ・大友家の伊予国金子山城へ出陣。 ・大友家の安芸国木村城へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、長尾家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ・周防国右田岳城を包囲により落城させる。 ・長門国岡部城を包囲により落城させる。 ・長門国諏訪山城を包囲により落城させる。 ・伊予国金小山城を包囲により落城させる。 ・安芸国木村城を包囲により落城させる。 ・筑前国博多城(廃城)を大友家に攻め入られ、落城する。 ・豊前国松山城を大友家に攻め入られ、強襲により落城する。 1550年(天文十九年)秋下旬 ・大浦一族(当主・大浦政信)が御家再興を果たし、陸奥国大浦城を奪われる。 ・陸奥国で地震が発生し、奥羽地方に被害が広まる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・長井道利、三淵晴員、宇都宮清綱らが病に伏せる。 ・白鳥長久、興津清房、青木重直、八代俊盛、新見貞経、久武昌源、新納忠勝、新納康 久らが当家に仕官する。 ・小野寺景道が、不作のため援助を求め(13000貫)を求め、応じる。 ・小山高朝が、不作のため援助を求め(6000貫)を求め、応じる。 ・成田長泰が、不作のため援助を求め(8000貫)を求め、応じる。 ・北条綱成が、不作のため援助を求め(12000貫)を求め、応じる。 ・鵜殿長持が、不作のため援助を求め(5000貫)を求め、応じる。 ・甘利虎泰が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・原虎胤が、不作のため援助を求め(5000貫)を求め、応じる。 ・飯富虎昌が、不作のため援助を求め(6000貫)を求め、応じる。 ・高梨政頼が、不作のため援助を求め(3000貫)を求め、応じる。 ・真田幸綱が、不作のため援助を求め(900貫)を求め、応じる。 ・色部勝長が、不作のため援助を求め(10000貫)を求め、応じる。 ・武藤友益が、不作のため援助を求め(2000貫)を求め、応じる。 ・後藤賢豊が、不作のため援助を求め(3000貫)を求め、応じる。 ・新納忠勝に俸禄7000貫を与える。 ・新見貞経に俸禄1000貫を与える。 ・西園寺実充に俸禄1000貫を与える。 ・斯波詮直に俸禄3000貫を与える。 ・長尾景秀に俸禄1000貫を与える。 ・長尾景盛に俸禄6000貫を与える。 ・留守顕宗に俸禄3000貫を与える。 ・平田宗範に俸禄1000貫を与える。 ・蒲原氏徳に俸禄2000貫を与える。 ・興津清房に俸禄2000貫を与える。 ・宇津呂丹波守、富樫晴貞、真柄景吉、富田吉清、内藤国貞、牲川義則らを甲斐親直の 寄騎から大名家直属に戻す。 ・安倍元真、岡部元綱、由比光澄らを太原雪斎の寄騎から大名家直属に戻し、蒲原氏徳 、興津清房らを太原雪斎の寄騎に任ずる。 ############################################################################### ●2008-07-19 (36日目・9年目) ############################################################################### ・大友家の伊予国高峠城へ出陣。 ・大友家の周防国若山城へ出陣。 ・大友家の長門国信田丸城へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、長尾家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ・長門国指月城を大友家に攻め入られ、強襲により落城する。 ・伊予国高峠城を包囲により落城させる。 ・周防国若山城を包囲により落城させる。 ・長門国信田丸城を包囲により落城させる。 1550年(天文十九年)冬上旬 ・飛騨国で飢饉になる。 ・北陸地方に大雪が降る。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・村上尚吉が病死し、末子の村上吉充が兵を引き継ぐ。 ・生駒親重、百地丹波守、問田隆盛らが病に伏せる。 ・青山豊前守、小河吉持、雨森弥兵衛、尼子誠久、多賀山通続、岡部隆景、篠原長房、 長尾大隅守、溝口鑑資らが当家に仕官する。 ・鵜殿の縁者、鵜殿長照が当家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 ・被害対策の確保(被害対策3/6000貫)を行う。 ・家臣への引き立てを行い、横瀬一族(当主・横瀬成繁)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、国分一族(当主・国分胤相)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、大原一族(当主・大原資良)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、山名左馬助一族(当主・山名誠通)が当家の譜代となる。 ・大原資良の居城移動を行う。  尾張国那古野城(居)+尾張国蟹江城から、伊予国金子山城(居)+伊予国高峠城+ 伊予国川之江城+伊予国国分山城へ転封。俸禄102014石→101191石 ・後藤賢豊の居城移動を行う。  伯耆国米子城(居)から、長門国青景城へ転封。俸禄29813石→16546石  昨年に転封した最前線の伯耆国米子城を敵が攻めることはなく、落城後に本城に逃亡 して侍大将化を図る目論みが失敗・・・。  再度の最前線配置で今年こそは成功(落城→侍大将化)なるか? ・三吉一族(当主・三吉政高)を追放する。 ・白旗大関一族(当主・大関増次)を追放する。 ・鉈尾山佐藤一族(当主・佐藤秀信)を追放する。 ・木造一族(当主・木造具康)を追放する。 ・堀江一族(当主・堀江実遠)を追放する。 ・伊賀一族(当主・伊賀勝隆)を追放する。 ・三吉一族(当主・三吉政高)を追放する。 ・三好政長を摂津国越水城の城主に任ずる。 *大友家が本城を豊後国府中城より土佐国岡豊城へ移す。  当家が四国近海での海域を制圧できないことを好機とみての本城移動なのだろうが・・・。 ・尼子誠久に俸禄11000貫を与える。 ・多賀山通続に俸禄10000貫を与える。 ・内藤国貞に俸禄2000貫を与える。 ・安芸国能美城の乃美一族(当主・乃美弘平)に臣従の通達を送り、当家の外様になる。 ・桐生助綱、新田景純、長尾景盛、長尾景秀、上杉憲勝らを横瀬成繁の寄騎に任ずる。 ・安倍元真、一宮宗是、岡部元綱、葛山信貞、由比光澄らを大原資良の寄騎に任ずる。 ・堀江一族(当主・堀江実遠)の居城・河内国若江城へ出陣。 ・大浦一族(当主・大浦政信)の居城・陸奥国大浦城へ出陣。 ・鉈尾山佐藤一族(当主・佐藤秀信)の居城・美濃国鉈尾山城へ出陣。 ・白旗大関一族(当主・大関増次)の居城・下野国黒羽城へ出陣。 ・大友家の土佐国楠目城(城主・山田元通(従))へ出陣。 ・大友家の伊予国湯築城(城主・宇礼志野通久)へ出陣。 ・大友家の長門国指月城へ出陣。 ・大友家の周防国鞍掛山城(城主・杉隆泰(従))へ出陣。 ・三吉一族(当主・三吉政高)の居城・備後国有福城へ出陣。 ・伊賀一族(当主・伊賀勝隆)の居城・備前国虎倉城へ出陣。 ・木造一族(当主・木造具康)の居城・伊勢国木造城へ出陣。 ・岸一族(当主・岸信周)の居城・美濃国堂洞城へ出陣。 ・土佐国楠目城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・伊予国湯築城を強襲により落城させる。  落城の折に、宇礼志野通久が切腹する。 ・周防国鞍掛山城を包囲により落城させる。  長野業正を駐留させる。 ・下野国黒羽城を包囲により落城させる。 ・陸奥国大浦城を包囲により落城させる。 ・備後国有福城を包囲により落城させる。 ・河内国若江城を包囲により落城させる。 ・長門国指月城を包囲により落城させる。 ・備前国虎倉城を城攻めの前に、伊賀勝隆が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・美濃国鉈尾山城を包囲により落城させる。  落城の折に、佐藤三省が降参、家臣として登用する。 ・美濃国堂洞城を包囲により落城させる。 ・伊勢国木造城を城攻めの前に、木造具康が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・長門国勝山城を大友家に攻め入られ、強襲により落城する。 ・赤川元保が、中村城から周防若山城に攻め入られるも海戦にて迎撃に成功する。 ------------------------------------------------------------------------------ 1551年(天文二十年)冬下旬 ・三河国、越中国、長門国で飢饉になる。 ・北陸地方に大雪が降る。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・龍造寺家純が病死する。 ・三浦助定、占部是安らが病に伏せる。 ・三上季直、森好之、山名豊数、宇喜多直家、椙杜隆康らが当家に仕官する。 ############################################################################### ●2008-07-20 (37日目・10年目) ############################################################################### ▼現在の状況 1:村上家(1530万石)、2:大友家(238万石)、3:長尾家(54万石)、4:尼子 家(0万石)、 ・三好長房に俸禄1000貫を与える。 ・伊丹親興に俸禄1000貫を与える。 ・青山豊前守に俸禄3000貫を与える。 ・宇喜多直家に俸禄2000貫を与える。 ・国府内膳正に俸禄1000貫を与える。 ・森可成に俸禄6000貫を与える。 ・伊丹親興、衣笠範景、茨木長隆、下間兵庫助、石成友通、三好長房、池田信正、安見 信国らを三好政長の寄騎に任ずる。 ・海野幸光、矢沢頼綱らを真田幸綱の寄騎から大名家直属に戻し、斎藤憲広を真田幸綱 の寄騎に任ずる。 ・土岐治英、海上胤富、千葉利胤、足利藤氏、足利頼淳、野田成朝、簗田晴助らを国分 胤相の寄騎に任ずる。 ・長沼実国、吉良季堯、木村定重、生駒親重、日比野清実、武井夕庵、林道慶、都治隆行 、阿曽沼弘秀、武田信綱らを高梨政頼の寄騎から大名家直属に戻し、留守顕宗、斯波詮直 、狩野泰光、上坂景朝、魚住忠長、宍戸隆家、久武昌源、新納忠勝らを高梨政頼の寄騎 に任ずる。 ・吉岡春斎、山名豊数、志加奴入道、武田高信、矢部吉茂らを山名誠通の寄騎に任ずる。 ・大友家(当主・大友義鑑)の居城・土佐国岡豊城へ出陣。 ・土佐国岡豊城にて野戦に勝利した後、計略により落城させる。  落城の折、鍋島清房が降参、家臣として登用する。  他武将たちは土佐国本山城へと退却。 ・大友義鑑が、土佐国香曽我部城から土佐国楠目城に攻め入られるも迎撃に成功する。 1551年(天文二十年)春上旬 ・尾張今川一族(当主・今川氏豊)が御家再興を果たし、尾張国那古野城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・松田満久が病死し、一族の松田満村が兵を引き継ぐ。 *大友家の当主、大友義鑑が病死する。  驚異的な能力で大友家を率いて来た大友家当主・大友義鑑が病死──。  シナリオ開始時と比べると、全くの別人だ。  開始時:大友義鑑 (齢:40 評:4 武:12 統:3 智:6 政:10)  死亡前:大友義鑑 (齢:50 評:10 武:25 統:22 智:25 政:12)  V系統では武将の成長システムが採用されているが、Xはこれまで以上に武将の成長 が早い様に感じる。  それにしても、なにをどうすればここまで成長するのやら・・・。  ちなみに下記は、当家の当主・村上義清の能力値である。  開始時:村上義清 (齢:41 評:6 武:17 統:4 智:9 政:8)  現在 :村上義清 (齢:51 評:10 武:25 統:14 智:18 政:10) ・森寺藤左衛門、富田吉清らが病に伏せる。 ・武田義信、梶原備前守、服部一忠、坂井政尚、春日虎綱、安田長秀、平総知、成田道徳 、遊佐長教、千宗易、三刀屋久祐、米原綱寛、金光宗高、弘中隆兼、安富盛定、川上忠 智らが当家に仕官する。 ・三好政長の縁者、三好政勝が当家に仕官する。 ・太田垣朝延の縁者、太田垣輝信が当家に仕官する。 ・山名誠通の縁者、山名豊次が当家に仕官する。 ・大友家で、大友義鎮が当主になる。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 *長宗我部家が滅亡。 ・武田義信に俸禄4000貫を与える。 ・矢沢頼綱に俸禄1000貫を与える。 ・海野幸光に俸禄1000貫を与える。 ・弘中隆兼に俸禄25000貫を与える。 ・米原綱寛に俸禄2000貫を与える。 ・三刀屋久祐に俸禄19000貫を与える。 ・松田満村に俸禄9000貫を与える。 ・横田康景に俸禄1000貫を与える。 ・浅利信種、保科正俊らを甘利虎泰の寄騎から大名家直属に戻し、横田康長を甘利虎泰 の寄騎に任ずる。  忠誠心が一桁になっていた武将は大名家直属に戻して再配備し直す考え。  外交コマンドの使者の派遣を使用した場合、一人に付きCP1を使用するので、再配備 の手段の方がCP節約に繋がる場合もある。 ・春日虎綱、須田信正らを香坂筑前守の寄騎に任ずる。 ・武田義信を土岐為元の寄騎に任ずる。 ・海野幸光、矢沢頼綱らを真田幸綱の寄騎に任ずる。 ・松平家次、三淵晴員、松井正之、越智家広、佐波興連、平賀広相、占部是安、江上元一 、馬場政員らを木曽義在の寄騎から大名家直属に戻し、新野親矩、村井貞勝、中川重政 、八代俊盛、雨森弥兵衛、宇山久兼、金光宗高らを木曽義在の寄騎に任ずる。  新野親矩〜宇山久兼の6人は木曽義在と相性が良く、全員が一桁の忠誠心だったのが 一律の12に上昇した。 ############################################################################### ●2008-07-21 (38日目・10年目) ############################################################################### ・大友家(当主・大友義鎮)の居城・土佐国本山城へ出陣。 ・大友家の長門国勝山城へ出陣。  尼子家の最後の城・安芸国宮ノ尾城(熊野灘)や九州へ入国するには、それに属する 水域で制海権を支配(更新フェイズで行われる海戦で庄)する必要があるのだが、何時 になるのやら・・・。 ・土佐国本山城にて野戦に勝利した後、計略と包囲により落城させる。  落城の折に、鎌原幸重、間宮康俊、福原広俊らが降参、家臣として登用する。 ・長門国勝山城を包囲により落城させる。  長野業正を駐留させる。 ・大友義鎮が、土佐国香曽我部城から土佐国岡豊城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・長門国指月城を大友家に攻め入られ、強襲により落城する。 1551年(天文二十年)春下旬 ・奥州畠山一族(当主・畠山義国)が御家再興を果たし、陸奥国三春城を奪われる。 ・甲信地方が好天になる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・本城常光、新見貞経らが病に伏せる ・浮田国定が隠居を申し出、親族の浮田義定が兵を引き継ぐ。 ・岡田重善、原勝重、津田正時、佐波隆秀、石川久孝、吉岡長増らが当家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 ・保科正俊に俸禄4000貫を与える。 ・小河吉持に俸禄3000貫を与える。 ・浅利信種に俸禄2000貫を与える。 ・篠原長房に俸禄5000貫を与える。 ・柳生宗厳に俸禄2000貫を与える。 ・鎌原幸重を真田幸綱の寄騎に任ずる。 ・原勝重を武田無人斎の寄騎に任ずる。 ・石川久孝、吉岡長増らを甲斐親直の寄騎に任ずる。 ・浅利信種を教来石景政の寄騎に任ずる。 ・大友家(当主・大友義鎮)の居城・土佐国朝倉城へ出陣。 ・大友家の土佐国浦戸城へ出陣。 ・奥州畠山一族(当主・畠山義国)の居城・陸奥国三春城へ出陣。 ・大友家の長門国指月城へ出陣。 ・尾張今川一族(当主・今川氏豊)の居城・尾張国那古野城へ出陣。 ・大友義鎮が、土佐国朝倉城から土佐国本山城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・松永久秀、長門国指月城から長門国高嶺城に攻め入られるも迎撃に成功する。  野戦の際に、朝倉景健が敗走する。 ・土佐国浦戸城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・土佐国朝倉城を計略と包囲により落城させる。  落城の折に、杉隆泰が降参、家臣として登用する。 ・長門国指月城を包囲により落城させる。 ・陸奥国三春城を城攻めの前に、畠山義国が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・尾張国那古野城を包囲により落城させる。 1551年(天文二十年)夏上旬 ・黒木一族(当主・中村義房)が御家再興を果たし、陸奥国黒木城と陸奥国千代城を奪 われる。 ・国吉粟屋一族(当主・粟屋勝久)が御家再興を果たし、若狭国国吉城を奪われる。 ・山陰地方が好天になる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・長沼実国が病死し、親族の長沼実長が兵を引き継ぐ。 ・太田資貞が病死し、親族の太田資通が兵を引き継ぐ。 ・国分朝胤が病に伏せる。 ・和知直頼、下方貞清、印牧美満、下間頼龍、宇喜多春家、遠藤家春、香西元成、角隈 石宗らが当家に仕官する。 ・杉隆泰に俸禄2000貫を与える。 ・香西元成に俸禄19000貫を与える。 ・長尾大隅守に俸禄4000貫を与える。 ・溝口鑑資に俸禄4000貫を与える。 ・石川久孝、吉岡長増らを甲斐親直の寄騎から大名家直属に戻す。 ・大友家の伊予国大津城(城主・朝比奈泰能)へ出陣。 ・長尾家の出羽国小国城へ出陣。  和議の期間が終わったので、方針転換をして長尾家の討伐を開始──。  長尾家から嫁いできた早河姫は長尾家に戻るが、姫が元服するまで数年あるのだし子 宝は諦めよう。  気付くのが遅れたが・・姫武将は、あと2年で御長(11歳)が元服するので、それを 待とう・・・。 ・長尾家の陸奥国浜崎城へ出陣。 ・長尾家の越後国箕冠城(城主・大熊朝秀)へ出陣。 ・長尾家の能登国天堂城へ出陣。 ・黒木一族(当主・中村義房)の居城・陸奥国千代城へ出陣。 ・長尾家の越後国坂戸城(城主・長尾景虎)へ出陣。 ・黒木一族の陸奥国黒木城(城主・黒木家永)へ出陣。 ・長尾家の佐渡国加茂城へ出陣。 ・長尾家の越中国宮崎城へ出陣。 ・長尾家の越後国黒滝城(城主・水原政家)へ出陣。 ・長尾家の越後国鳥坂城へ出陣。 ・長尾家(当主・長尾晴景)の居城・越後国春日山城へ出陣。 ・国吉粟屋一族(当主・粟屋勝久)の居城・若狭国国吉城へ出陣。 ・出羽国小国城を包囲により落城させる。 ・陸奥国浜崎城を強襲により落城させる。 ・佐渡国加茂城を包囲により落城させる。 ・越中国宮崎城を包囲により落城させる。 ・越後国鳥坂城を包囲により落城させる。 ・伊予国大津城を強襲により落城させる。 ・陸奥国黒木城を包囲により城攻めするが、途中で退却する。  城郭レベル:8、兵糧:112、ターン:5/5 の時点で退却。  陸奥国黒木城を落城させると、敵武将が陸奥国千代城に敗走して千代城が落城し難く なる。  陸奥国千代城を攻略した後にすぐさま攻略できる状態に留めておく。 ・陸奥国千代城を包囲により落城させる。  落城の折に、黒木鑑真が降参、家臣として登用する。 ・能登国天堂城を包囲により落城させる。 ・越後国春日山城を包囲により落城させる。 ・越後国箕冠城を強襲により落城させる。 ・越後国黒滝城を包囲により落城させる。 ・若狭国国吉城を包囲により落城させる。 ・越後国坂戸城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、甘利虎泰が敗走する。 ・長門国指月城を大友家に攻め入られ、計略により落城する。 1551年(天文二十年)夏下旬 ・城生斎藤一族(当主・斎藤藤次郎)が御家再興を果たし、越中国城生城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・武田信隆が病死し、一族の武田義隆が兵を引き継ぐ。 ・阿曽沼弘秀が病死し、親族の阿曽沼貞秀が兵を引き継ぐ。 ・佐久間盛重、下間頼慶、浦上政宗、新納忠元らが当家に仕官する。 ・乃美弘平の縁者、浦賢勝が当家に仕官する。 ############################################################################### ●2008-07-22 (39日目・10年目) ############################################################################### ・石川久孝に俸禄2000貫を与える。 ・吉岡長増に俸禄2000貫を与える。 ・佐久間盛重に俸禄2000貫を与える。 ・山本勘助に俸禄27000貫を与える。 ・遊佐長教に俸禄2000貫を与える。 ・黒田職隆に俸禄2000貫を与える。 ・太田資通を太田資正の寄騎に任ずる。 ・青山忠門、内藤清長らを鵜殿長持の寄騎から大名家直属に戻し、吉良季堯、戸田堯光 らを鵜殿長持の寄騎に任ずる。 ・新野親矩、村井貞勝、中川重政、八代俊盛、雨森弥兵衛、宇山久兼、金光宗高らを木 曽義在の寄騎から大名家直属に戻し、和知直頼、佐治為平、簗田広正、阿保式部少輔、 佐波興運、別所重棟、黒木鑑真らを木曽義在の寄騎に任ずる。  全員が寄親の木曽義在と相性が良く、一桁の忠誠心だったのが一律の12に上昇した。 ・紀伊国雑賀城に駐留していた、飯富虎昌を帰還させる。 ・大友家(当主・大友義鎮)の居城・土佐国香曽我部城へ出陣。 ・長尾家の越後国不動山城(城主・山本寺為常)へ出陣。 ・長尾家の越後国与板城(城主・直江実綱)へ出陣。 ・長尾家の越後国栃尾城(城主・宇佐美定満)へ出陣。 ・長尾家の越後国新発田城(城主・柿崎景家)へ出陣。 ・長尾家(当主・長尾晴景)の居城・越後国琵琶懸城へ出陣。 ・城生斎藤一族(当主・斎藤藤次郎)の居城・越中国城生城へ出陣。 ・長尾家の越後国北条城(城主・北条高広)へ出陣。 ・大友家の長門国指月城へ出陣。 ・黒木一族(当主・中村義房)の居城・陸奥国黒木城へ出陣。 ・長尾家の佐渡国河原田城へ出陣。 ・越後国琵琶懸城に城の破壊を仕掛け成功する。 ・長尾晴景が、越後国新発田城から越後国鳥坂城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・佐渡国河原田城を包囲により落城させる。 ・越後国琵琶懸城を城攻めの前に、長尾家が、従属を申し込んで来たが受け入れず、城 攻めを開始する。  更に、城攻めの最中(2ターン目)に、琵琶懸城に篭城した敵の武将達が、城を開け 渡すので逃してくれと申し出、受け入れる。 ・越後国新発田城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、小野寺景道が敗走する。 ・越後国不動山城を包囲により落城させる。 ・越後国与板城を包囲により落城させる。 ・土佐国香曽我部城を計略と包囲により落城させる。  落城の折に、鍋島清久が降参、家臣として登用する。 ・越後国栃尾城を包囲により落城させる。 ・長門国指月城を包囲により落城させる。 ・陸奥国黒木城を城攻めの前に、黒木家永が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・越中国城生城を城攻めの前に、斎藤藤次郎が降参するが受け入れず、強襲により落城 させる。  攻城戦の際に、鎌田光久が敗走する。 ・越後国北条城を包囲により落城させる。 1551年(天文二十年)秋上旬 ・土佐林一族(当主・土佐林禅棟)が御家再興を果たし、出羽国藤島城を奪われる。 ・井伊一族(当主・井伊直宗)が御家再興を果たし、遠江国井伊谷城を奪われる。 ・犬山織田一族(当主・織田信康)が御家再興を果たし、尾張国犬山城を奪われる。 ・内ヶ島一族(当主・内ヶ島氏利)が御家再興を果たし、飛騨国帰雲城を奪われる。 ・各地で凶作になる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・坂元祐、福留親政が病に伏せる。 ・原田休雪、内藤勝高、吉川経安、籠手田安経らが当家に仕官する。 ・雨森弥兵衛隆に俸禄2000貫を与える。 ・井上清政に俸禄27000貫を与える。 ・岡部隆景に俸禄5000貫を与える。 ・三宅総賢に俸禄2000貫を与える。 ・留守顕宗、斯波詮直、狩野泰光、上坂景朝、魚住忠長、宍戸隆家、久武昌源、新納忠 勝らを高梨政頼の寄騎から大名家直属に戻し、白鳥長久、新野親矩、村井貞勝、中川重政 、津田盛月、武井夕庵、今井綱秀、下間頼慶、千宗易、高野山天養院らを高梨政頼の寄 騎に任ずる。 ・宇山久兼、佐瀬清宗、土居清宗、木下昌直、籠手田安経らを甲斐親直の寄騎に任ずる。  今回二組の寄騎配備では、寄親武将と相性が良い武将を寄騎配備した。これにより、 忠誠心が寄親と同じ値になった。 ・武田無人斎、成田長泰らを長門国指月城へ駐留させる。  大友家と指月城で幾度も争奪戦をしているので、それに備えての駐留。 ・大友家の伊予国三滝城(城主・朝比奈泰能)へ出陣。 ・大友家の土佐国安芸城(城主・安芸元盛(従))へ出陣。 ・土佐林一族(当主・土佐林禅棟)の居城・出羽国藤島城へ出陣。 ・井伊一族(当主・井伊直宗)の居城・遠江国井伊谷城へ出陣。 ・犬山織田一族(当主・織田信康)の居城・尾張国犬山城へ出陣。 ・長尾家の佐渡国雑太城(城主・本間高季)へ出陣。 ・内ヶ島一族(当主・内ヶ島氏利)の居城・飛騨国帰雲城へ出陣。 ・伊予国三滝城を強襲により落城させる。 ・飛騨国帰雲城を包囲により落城させる。 ・遠江国井伊谷城を包囲により落城させる。 ・土佐国安芸城を強襲により落城させる。 ・出羽国藤島城を城攻めの前に、土佐林禅棟が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・佐渡国雑太城を包囲により落城させる。 ・尾張国犬山城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、木曽義在が敗走する。 ・松永久秀が、肥前国平戸城から長門国指月城に攻め入られるも迎撃に成功する。 1551年(天文二十年)秋下旬 ・菅谷一族(当主・菅谷勝貞)が御家再興を果たし、常陸国土浦城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・国分盛氏が病死し、親族の国分親氏が兵を引き継ぐ。 ・和田信輝が病死し、親族の和田晴輝が兵を引き継ぐ。 ・安宅宗景、原田隆種らが病に伏せる。 ・足利晴氏、長野道安、河尻秀隆、川副久盛、和田通興らが当家に仕官する。 ・小野寺景道が、不作のため援助を求め(16000貫)を求め、応じる。 ・国分胤相が、不作のため援助を求め(5000貫)を求め、応じる。 ・小山高朝が、不作のため援助を求め(5000貫)を求め、応じる。 ・長野業正が、不作のため援助を求め(14000貫)を求め、応じる。 ・太田資正が、不作のため援助を求め(11000貫)を求め、応じる。 ・太原雪斎が、不作のため援助を求め(3000貫)を求め、応じる。 ・鵜殿長持が、不作のため援助を求め(5000貫)を求め、応じる。 ・教来石景政が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・武田無人斎が、不作のため援助を求め(8000貫)を求め、応じる。 ・香坂筑前守が、不作のため援助を求め(9000貫)を求め、応じる。 ・真田幸綱が、不作のため援助を求め(1000貫)を求め、応じる。 ・蒲生定秀が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・三好政長が、不作のため援助を求め(3000貫)を求め、応じる。 ・甲斐親直が、不作のため援助を求め(11000貫)を求め、応じる。 ############################################################################### ●2008-07-23 (40日目・10年目) ############################################################################### ・長野道安、和田晴輝らを長野業正の寄騎に任ずる。 ・足利藤氏、足利頼淳、野田成朝、簗田晴助らを国分胤相の寄騎から大名家直属に戻し 、菅谷政貞、高城胤吉らを国分胤相の寄騎に任ずる。 ・宮城政業を太田資正の寄騎に任ずる。 ・宇山久兼、佐瀬清宗、土居清宗らを甲斐親直の寄騎から大名家直属に戻し、黒川晴氏 、宇津呂丹波守、川副久盛、和田通興らを甲斐親直の寄騎に任ずる。 ・甲斐親直を伊予国三滝城へ駐留させる。 ・大友家の土佐国姫野々城(城主・津野基高(従))へ出陣。 ・大友家の土佐国蓮池城(城主・大平国興(従))へ出陣。 ・大友家の豊前国松山城へ出陣。 ・大友家の筑前国博多城(廃城)へ出陣。 ・菅谷一族(当主・菅谷勝貞)の居城・常陸国土浦城へ出陣。 ・長尾家(当主・長尾晴景)の居城・佐渡国羽茂城へ出陣。 ・長尾景虎が、佐渡国羽茂城から佐渡国雑太城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・大友義鎮が、土佐国姫野々城から伊予国三滝城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・土佐国姫野々城を強襲により落城させる。 ・土佐国蓮池城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。  水谷政村を駐留させる。 ・筑前国博多城(廃城)を落城させる。  蒲生定秀、朝倉景紀、教来石景政らを駐留させる。 ・豊前国松山城を包囲により落城させる。  原虎胤、三好政長、山名誠通らを駐留させる。 ・常陸国土浦城を包囲により落城させる。 ・佐渡国羽茂城を城攻めの前に、長尾家が、従属を申し込んで来たが受け入れず、城攻 めを開始する。  更に、城攻めの最中(1〜2回目の包囲後、3回目の包囲で落城)に、佐渡国羽茂城に 篭城した敵の武将達が、城を開け渡すので逃してくれと申し出るが拒否し、包囲により 落城させる。 1551年(天文二十年)冬上旬 ・小野崎一族(当主・小野崎成通)が御家再興を果たし、常陸国山尾城を奪われる。 ・鯰江一族(当主・鯰江定秀)が御家再興を果たし、近江国鯰江城を奪われる。 ・奥羽地方に大雪が降る。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・杉興運が病死し、一族の杉信運が兵を引き継ぐ。 ・橘宗忠、籠手田安経らが病に伏せる。 ・別所長勝が当家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 ・被害対策の確保(被害対策3/6000貫)を行う。 ・尼子誠久を伯耆国富田城の城主に任ずる。 ・宇喜多直家を伊予国三滝城の城主に任ずる。 ・北条綱成の居城移動を行う。  陸奥国二本松城(居)+陸奥国猪苗代城から、長門国渡川城+長門国指月城+長門国 岡部城+長門国諏訪山城+長門国勝山城(居)へ転封。俸禄75455石→83414石 ・山名誠通の居城移動を行う。  美作国矢筈城(居)から、因幡国桐山城+因幡国鹿野城(居)へ転封。俸禄16702石 →29358石 ・甘利虎泰の居城移動を行う。  甲斐国韮崎城から、土佐国安芸城+土佐国姫野々城+土佐国蓮池城+土佐国朝倉城+ 土佐国本山城(居)へ転封。俸禄33507石→47047石 ・真田幸綱の居城移動を行う。  信濃国真田城(居)から、上野国岩櫃城(居)+城へ転封。俸禄8418石→17039石 ・武藤友益の居城移動を行う。  若狭国石山城(居)から、上野国岩櫃城(居)+若狭国新保山城へ転封。俸禄14166 石→19728石 ・後藤賢豊の居城移動を行う。  長門国青景城(居)から、伊予国丸串城へ転封。俸禄17172石→32680石  三度の最前線配置で今年こそは成功(落城→侍大将化)なるか? ############################################################################### ●2008-07-24 (41日目・11年目) ############################################################################### ・八木一族(当主・八木直信)を追放する。 ・田結庄一族(当主・田結庄是義)を追放する。 ・太田垣一族(当主・太田垣朝延)を追放する。 ・垣屋一族(当主・垣屋続成)を追放する。 ・浮田一族(当主・浮田義定)を追放する。 ・美作中村一族(当主・中村則治)を追放する。 ・前田一族(当主・前田薩摩守)を追放する。 ・金光宗高に俸禄2000貫を与える。 ・芦田秀家に俸禄4000貫を与える。 ・吉田左京亮、行松正盛、南条宗勝、宇山久兼、松田満村、神西元通、本城常光、立原 幸綱、芦田秀家らを尼子誠久の寄騎に任ずる。 ・浜田広綱、足利藤氏、武田義隆、梶原備前守、織田信賢、宇喜多春家、宇喜多忠家、 遠藤家春、金光宗高、明石景親らを宇喜多直家の寄騎に任ずる。  浜田広綱〜織田信賢までは、相性が良い武将を人数合わせ(宇喜多直家の居城が最前 線なので)で配備。 ・筑前博多城(廃城)を築城(1/12)する。  筑前・・だけでなく九州入国の為の要となる城なので、前回の合戦勝利後に部隊を駐 留させている。  廃城のままにしておくと、敵に攻め入られた時に即負けになるので築城しておこう。 ・田結庄一族(当主・田結庄是義)の居城・但馬国豊岡城へ出陣。 ・垣屋一族(当主・垣屋続成)の居城・但馬国鶴ヶ峰城へ出陣。 ・美作中村一族(当主・中村則治)の居城・美作国岩屋城へ出陣。 ・八木一族(当主・八木直信)の居城・但馬国八木城へ出陣。 ・太田垣一族の但馬国生野城へ出陣。 ・太田垣一族(当主・太田垣朝延)の居城・但馬国竹田城へ出陣。 ・浮田一族(当主・浮田義定)の居城・備前国砥石山城へ出陣。 ・鯰江一族(当主・鯰江定秀)の居城・近江国鯰江城へ出陣。 ・大友家の筑前国柑子岳城(城主・松永久秀)へ出陣。 ・大友家の豊前国門司城(城主・奴留湯主水)へ出陣。 ・小野崎一族(当主・小野崎成通)の居城・常陸国山尾城へ出陣。 ・朝比奈泰能が、豊前国門司城から豊前国松山城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・祁答院良重が、筑前国立花城から筑前国博多城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・但馬国生野城を包囲により落城させる。 ・常陸国山尾城を城攻めの前に、小野崎成通が降参するが受け入れず、強襲と包囲によ り落城させる。 ・但馬国八木城を包囲により落城させる。 ・筑前国柑子岳城を強襲により落城させる。 ・但馬国豊岡城を城攻めの前に、田結庄是義が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・但馬国鶴ヶ峰城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、真柄景吉が敗走する。 ・美作国岩屋城を包囲により落城させる。 ・近江国鯰江城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  あと1ターンあれば包囲で落とせたのだが・・・。 ・但馬国竹田城を包囲により落城させる。 ・豊前国門司城を包囲により落城させる。 ・備前国砥石山城を包囲により落城させる。 ------------------------------------------------------------------------------ 1552年(天文二十一年)冬下旬 ・清水一族(当主・清水康英)が御家再興を果たし、伊豆国矢崎城を奪われる。 ・各地で飢饉になる。 ・奥羽地方に大雪が降る。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・皆川成勝が病死し、末子の皆川光勝が兵を引き継ぐ。 ・堀江景利が病死し、養子の堀江資利が兵を引き継ぐ。 *豪族の鯰江定秀が病死する。 ・平瀬義兼、赤星親家らが病に伏せる。 ・氏家定直が隠居を申し出るが、4000石を加増して引き止める。 ・松本舜輔、水原政家、神保氏張、小泉長利、半田吉就、浦上清宗、渡辺兼之、市川経 好らが当家に仕官する。 ▼現在の状況 1:村上家(1658万石)、2:大友家(215万石)、3:尼子家(1万石) ・渡辺兼之に俸禄2000貫を与える。 ・蜂須賀正勝に俸禄2000貫を与える。 ・不破光治に俸禄2000貫を与える。 ・市川経好に俸禄2000貫を与える。 ############################################################################### ●2008-07-25 (42日目・11年目) ############################################################################### ・佐々政次、柴田勝家、瀧川一益らを教来石景政の寄騎から大名家直属に戻し、八代俊盛 、佐世清宗、小寺直秀、土居清宗らを教来石景政の寄騎に任ずる。 ・大友家の筑前国高祖山城(城主・後藤純明)へ出陣。 ・大友家の豊前国馬ヶ岳城へ出陣。 ・大友家の筑前国花尾城へ出陣。 ・鯰江一族(当主・鯰江定秀)の居城・近江国鯰江城へ出陣。 ・大友家の筑前国立花城(城主・立花鑑光(従))へ出陣。 ・清水一族(当主・清水康英)の居城・伊豆国矢崎城へ出陣。 ・大友家(当主・大友義鎮)の居城・土佐国窪川城へ出陣。 ・大友家の土佐国宿毛城へ出陣。 ・後藤純明が、筑前国高祖山城から筑前国博多城に攻め入られるも迎撃に成功する。  野戦にて決着が付かず、敵方の総大将・後藤純明が一騎討ちを申し出、受けて立ち勝 利する。  筑前国博多城には、前のターンから駐留している部隊に加え、当主率いる主力武将の 筑前国立花城攻め部隊が詰めていた。  当家の主力武将たちで迎撃に出、圧倒的な兵力差で完全勝利を確信して安心した為か 、ターン数を見誤ってしまい一騎討ちへ・・・。  無残にも敗北していたら・・と思うと、一騎討ちって極めて恐ろしい・・・。 ・高橋鑑種が、豊前国馬ヶ岳城から豊前国門司城に攻め入られるも迎撃に成功する。  野戦にて決着が付かず、敵方の総大将・高橋鑑種が一騎討ちを申し出、受けて立ち勝 利する。  総大将の北条綱成以外は、大した兵数を持たない侍大将ばかりの武将(若年武将の経 験値稼ぎ目的の部隊)だった為、慎重に戦した為にまたも一騎討ち・・・。  そう何度も、時の運の一騎討ちなんてやってられない・・積極的に攻めよう。とは言え 、九州入国後の戦はターン数が短い気が・・・。 ・大友義鎮が、土佐国窪川城から土佐国姫野々城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・高橋武種が、筑前国花尾城から豊前国松山城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・朝比奈泰能が、筑前国岸岳城から筑前国柑子岳城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・土佐国宿毛城を包囲により落城させる。 ・豊前国馬ヶ岳城を包囲により落城させる。 ・筑前国花尾城を包囲により落城させる。 ・土佐国窪川城にて野戦に勝利した後、計略により落城させる。  野戦の際に、甘利虎泰が敗走する。  水谷政村を駐留させる。  流石の甘利虎泰とは言えども、兵力差が数倍もある敵の総大将・大友義鎮に突っ込ん でしまっては勝ち目が無く敗走・・・。  そもそも今作の視覚的表現(グラフィック表現)の仕方は間違っている。  城郭規模や城下町など、数値情報を第一に知りたい時に見た目だけを提示されるのも 困るし・・・。  野戦の時なら前作の様に見た目でも判断し易い様に、兵力や士気に応じて視覚的表現 をして欲しかった。  例えば今作の野戦なら、兵力に応じて兵士グラフィックを増減、士気に応じて兵士に 動きを盛り込むなどの変化が欲しかった。  合戦が始まる前から、敵軍の方が兵力が少ないという思い込みがあったから、思わず 甘利で本隊に突っ込んでしまったよ・・・。 ・筑前国高祖山城を包囲により落城させる。 ・近江国鯰江城を城攻めの前に、森高次が降参するが受け入れず、包囲により落城させる。 ・伊豆国矢崎城を城攻めの前に、清水康英が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・筑前国立花城を包囲により落城させる。 1552年(天文二十一年)春上旬 ・大浦一族(当主・大浦政信)が御家再興を果たし、陸奥国大浦城を奪われる。 ・丁南武田一族(当主・武田清信)が御家再興を果たし、上総国真里谷城を奪われる。 ・伊賀一族(当主・伊賀勝隆)が御家再興を果たし、備前国虎倉城を奪われる。 ・北陸地方に大雪が降る。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・国分親氏が病死し、親族の国分統氏が兵を引き継ぐ。 ・板垣信方が病死し、一族の板垣信吉が兵を引き継ぐ。 ・魚住景栄が病死し、一族の魚住景直が兵を引き継ぐ。 ・本多忠豊、春日虎綱らが病に伏せる。 ・本多広孝、本間貞氏、安田景晴、堀吉重、草刈景継、平賀興貞、吉田興種、陶隆弘、 仁保隆慰、佐伯惟教、三田井親武らが当家に仕官する。 *陶家が滅亡。 ・松本舜輔に俸禄5000貫を与える。 ・寺崎盛永に俸禄2000貫を与える。 ・益田重兼に俸禄1000貫を与える。 ・吉田興種に俸禄10000貫を与える。 ・那波宗元に俸禄4000貫を与える。 ・平賀広相に俸禄2000貫を与える。 ・武田信綱に俸禄1000貫を与える。 ・水原政家、半田吉就、三上季直、百地正西、松浦重職らを甘利虎泰の寄騎に任ずる。 ・秋山信友を教来石景政の寄騎から大名家直属に戻し、八代俊盛、佐世清宗、小寺直秀 、土居清宗らを教来石景政の寄騎から大名家直属に戻し、佐波隆秀、別所長勝、草刈景継 、椙杜隆康、三田井親武、蒲生清親らを教来石景政の寄騎に任ずる。 ・進藤賢盛を蒲生定秀の寄騎に任ずる。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、大友家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、大友家と絶縁 する。 ・大浦一族(当主・大浦政信)の居城・陸奥国大浦城へ出陣。 ・前田一族(当主・前田薩摩守)の居城・出羽国大曲城へ出陣。 ・丁南武田一族(当主・武田清信)の居城・上総国真里谷城へ出陣。 ・伊賀一族(当主・伊賀勝隆)の居城・備前国虎倉城へ出陣。 ・大友家(当主・大友義鎮)の居城・土佐国中村城へ出陣。 ・大友家の筑前国許斐山城へ出陣。 ・大友家の肥前国三瀬城(城主・松永久秀)へ出陣。 ・大友家の筑前国龍ヶ岳城へ出陣。 ・大友家の豊前国大畑城へ出陣。 ・祁答院良重が、肥前国三瀬城から筑前国高祖山城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・筑前国龍ヶ岳城を包囲により落城させる。 ・筑前国許斐山城を包囲により落城させる。 ・豊前国大畑城を包囲により落城させる。 ・出羽国大曲城に付城を普請する。 ・陸奥国大浦城を包囲により落城させる。 ・土佐国中村城にて野戦に勝利した後、計略により落城させる。  落城の折に、立花鑑光が降参、家臣として登用する。  水谷政村を駐留させる。  篭城していた大友家の武将たちは豊前国香春岳城へと退却。 ・肥前国三瀬城を強襲により落城させる。 ・備前国虎倉城を城攻めの前に、伊賀勝隆が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・上総国真里谷城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、柴田勝家が敗走する。 1552年(天文二十一年)春下旬 ・鳴海山口一族(当主・山口教継)が御家再興を果たし、尾張国鳴海城を奪われる。 ・温井一族(当主・温井総貞)が御家再興を果たし、能登国天堂城を奪われる。 ・長尾當長が長尾禅昌と名を改める ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・乃美弘平が病死し、親族の乃美弘常が兵を引き継ぐ。 ・日野有祐、立花鑑光らが病に伏せる。 ・三浦氏員、勾坂長能、山本寺定長、海北綱親らが当家に仕官する。 *大友家で大内晴英が当主になる。  おや?大友義鎮(後の宗麟)は、先の土佐国中村城の戦いで落ち延びそびれたのか? 大友親貞なる武将が・・・。  しかも、大友義鎮亡き後、大内姓を名乗る大内晴英が家督を継いだ・・・。  史実では、大内家の陶隆房(後の晴賢)が大内義隆の甥で大友宗麟の弟の義長を家督 に迎えることになる。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 *一条家が滅亡。 ############################################################################### ●2008-07-26 (43日目・11年目) ############################################################################### ・立花鑑光に俸禄4000貫を与える。 ・秋山信友に俸禄4000貫を与える。 ・勾坂長能に俸禄4000貫を与える。 ・板垣信吉、保科正俊らを原虎胤の寄騎に任ずる。 ・米倉重継、水原政家、半田吉就、三上季直、百地正西、松浦重職らを甘利虎泰の寄騎 から大名家直属に戻す。 ・伊予国三滝城に駐留していた、甲斐親直を帰還させる。 ・前田一族(当主・前田薩摩守)の居城・出羽国大曲城へ出陣。 ・温井一族(当主・温井総貞)の居城・能登国天堂城へ出陣。 ・鳴海山口一族(当主・山口教継)の居城・尾張国鳴海城へ出陣。 ・大友家の肥前国岸岳城(城主・後藤純明)へ出陣。 ・大友家の豊前国長岩城へ出陣。 ・大友家の肥前国佐嘉城へ出陣。 ・豊前国長岩城を包囲により落城させる。 ・肥前国佐嘉城を包囲により落城させる。 ・肥前国岸岳城を包囲により落城させる。 ・能登国天堂城を包囲により落城させる。 ・出羽国大曲城を城攻めの前に、前田薩摩守が降参するが受け入れず。  包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。 ・尾張国鳴海城を城攻めの前に、山口教継が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 1552年(天文二十一年)夏上旬 ・岩村遠山一族(当主・遠山景前)が御家再興を果たし、美濃国岩村城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・平賀興貞が病死し、養子の平賀氏貞が兵を引き継ぐ。 ・平井定武が病に伏せる。 ・壬生綱雄、宮川房長、陶長房、一条兼定らが当家に仕官する。 *龍造寺家が滅亡。 ・米倉重継に俸禄6000貫を与える。 ・村上武吉に俸禄1000貫を与える。 ・水原政家に俸禄3000貫を与える。 ・陶隆弘に俸禄6000貫を与える。 ・北郷忠相に俸禄2000貫を与える。 ・米倉重継、国府内膳正、佐治隆俊、三浦新助、青山豊前守らを甘利虎泰の寄騎に任ずる。 ・長尾禅昌を小山高朝の寄騎から大名家直属に戻し、壬生綱雄を小山高朝の寄騎に任ずる。 ・大友家の筑前国白山城へ出陣。 ・大友家の筑前国山鹿城へ出陣。 ・大友家の筑前国益富城へ出陣。 ・大友家の豊後国大蔵城へ出陣。 ・大友家の筑前国有智山城(城主・高橋鑑種)へ出陣。 ・前田一族(当主・前田薩摩守)の居城・出羽国大曲城へ出陣。 ・大友家の豊前国城井谷城へ出陣。 ・大友家の肥前国武雄城へ出陣。 ・大友家の豊前国妙見岳城(城主・佐田隆居(従))へ出陣。 ・大友家の筑前国岩屋城(城主・高橋鑑種)へ出陣。 ・大友家の肥前国飯盛城(城主・松浦親(従))へ出陣。 ・岩村遠山一族(当主・遠山景前)の居城・美濃国岩村城へ出陣。 ・大友家(当主・大内晴英)の居城・豊前国香春岳城へ出陣。 ・筑前国益富城を強襲により落城させる。 ・筑前国白山城を包囲により落城させる。 ・肥前国武雄城を強襲により落城させる。 ・筑前国山鹿城を包囲により落城させる。 ・豊前国城井谷城を包囲により落城させる。 ・筑前国有智山城を包囲により落城させる。 ・出羽国大曲城を城攻めの前に、前田薩摩守が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・豊後国大蔵城を包囲により落城させる。  長野業正、武田無人斎、成田長泰らを駐留させる。 ・豊前国妙見山城を包囲により落城させる。 ・肥前国飯盛城を包囲により落城させる。 ・筑前国岩屋城を包囲により落城させる。 ・美濃国岩村城を城攻めの前に、遠山景前が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・豊前国香春岳城を包囲により落城させる。  落城の折に、佐田隆居が降参、家臣として登用する。  篭城していた大友家の武将たちは豊前国岩石城へと退却。 ・高橋武種が、勢福寺城から佐嘉城に攻め入られるも迎撃に成功する。  迎撃に出たのは、出陣の為に詰めていた三好政長のみ。  敵右翼の前衛・槍兵部隊を寄騎衆で撃破するも敗走寸前だった為に一度帰陣。  劣勢の状況に敗走覚悟で本隊の三好政長の騎馬部隊で敵右翼を突っ切り、順次敵を撃 破しながら本陣に駆け込み勝利した。  敵の左翼部隊は、こちらの本陣ギリギリまで迫る状況だった。  影響水域が劣勢なので、兵数よりも部隊数が多いと有利な点が、今後の展開でも続き そうだ。 1552年(天文二十一年)夏下旬 ・遊佐一族(当主・遊佐続光)が御家再興を果たし、能登国飯田城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・宇津呂清綱が病死し、末子の宇津呂清康が兵を引き継ぐ。 ・山本勘助が病に伏せる。 ・中野宗時、小幡景純、大道寺政繁、竹腰尚光、勝沼信元、久米義広、河野通吉らが当 家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 *鎮西宇都宮家が滅亡。 ・佐田隆居に俸禄4000貫を与える。 ・小幡景純に俸禄2000貫を与える。 ・長尾禅昌に俸禄4000貫を与える。 ・福留親政に俸禄2000貫を与える。 ・久米義広に俸禄2000貫を与える。 ・赤井照泰、上杉静賢を長野業正の寄騎から大名家直属に戻し、小幡景純を長野業正の 寄騎に任ずる。 ・皆川光勝、狩野泰光らを北条綱成の寄騎に任ずる。 ・小河吉持、富田吉清、堀吉重らを朝倉景紀の寄騎に任ずる。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、大友家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ############################################################################### ●2008-07-27 (44日目・11年目) ############################################################################### ・大友家の肥前国大村城(城主・大村忠前(従))へ出陣。 ・大友家の肥前国勢福寺城へ出陣。 ・大友家の肥前国湯野田城へ出陣。 ・大友家の筑前国古処山城へ出陣。 ・大友家の筑後国鷹取城(城主・星野元康(従))へ出陣。 ・遊佐一族(当主・遊佐続光)の居城・能登国飯田城へ出陣。 ・筑後国鷹取城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・筑前国古処山城を強襲により落城させる。 ・肥前国大村城を包囲により落城させる。 ・肥前国勢福寺城を強襲により落城させる。 ・肥前国湯野田城を包囲により落城させる。 ・能登国飯田城を城攻めの前に、遊佐続光が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・大内晴英が、豊前国岩石城から筑前国益富城に攻め入られるも迎撃に成功する。 1552年(天文二十一年)秋上旬 ・新庄一族(当主・新庄直昌)が御家再興を果たし、近江国山本山城を奪われる。 ・各地で凶作になる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・天野隆綱が病死し、末子の天野隆道が兵を引き継ぐ。 ・河野通吉が病死し、一族の河野可吉が兵を引き継ぐ。 ・羽尾景幸、松平正親、龍造寺胤信らが当家に仕官する。 *秋月家が滅亡。 ・鍋島清久に俸禄4000貫を与える。 ・佐世清宗に俸禄2000貫を与える。 ・河野可吉に俸禄4000貫を与える。 ・上杉静賢に俸禄14000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・羽尾景幸を真田幸綱の寄騎に任ずる。 ・長尾禅昌、上杉静賢らを横瀬成繁の寄騎に任ずる。 ・黒川晴氏、宇津呂丹波守、川副久盛、和田通興、木下昌直、籠手田安経らを甲斐親直 の寄騎から大名家直属に戻し、足利晴氏、足利頼淳、野田成朝、簗田晴助、赤井照泰、 那波宗元らを甲斐親直の寄騎に任ずる。 ・大友家の肥前国蓮池城へ出陣。 ・大友家の豊後国府内城へ出陣。 ・大友家の肥前国浜城へ出陣。 ・大友家の豊後国栂牟礼城へ出陣。 ・大友家の豊後国臼杵城(城主・臼杵鑑続)へ出陣。 ・大友家の筑後国下高橋城(城主・高橋武種)へ出陣。 ・大友家の豊後国飯塚城(城主・田原親宏(従))へ出陣。 ・大友家の肥前国勝尾城(城主・筑紫惟門(従))へ出陣。 ・大友家(当主・大内晴英)の居城・豊前国岩石城へ出陣。 ・大友家の豊後国熊牟礼城(城主・田北鑑生(従))へ出陣。 ・大友家の肥前国日之江城へ出陣。 ・大友家の日向国松尾城へ出陣。 ・大友家の大隅国志布志城(城主・朝比奈泰能)へ出陣。 ・大友家の大隅国高山城へ出陣。 ・大友家の日向国飫肥城へ出陣。 ・大友家の筑後国発心城(城主・草野鎮員(従))へ出陣。 ・大友家の豊後国木付城(城主・木付親諸(従))へ出陣。 ・大友家の豊後国屋山城(城主・吉弘鑑理(従))へ出陣。 ・新庄一族(当主・新庄直昌)の居城・近江国山本山城へ出陣。 ・肥前国蓮池城を強襲により落城させる。 ・豊後国府内城を強襲により落城させる。 ・肥前国浜城を包囲により落城させる。 ・日向国飫肥城を包囲により落城させる。 ・大隅国高山城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・豊後国栂牟礼城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・日向国松尾城を包囲により落城させる。 ・肥前国日之江城を包囲により落城させる。 ・豊前国岩石城を計略により落城させる。 ・筑後国発心城を包囲により落城させる。  教来石景政を駐留させる。 ・肥前国勝尾城を強襲により落城させる。 ・豊後国飯塚城を強襲により落城させる。 ・豊後国屋山城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。  あと1ターンあれば、確実に兵糧を尽きさせることができたのだが・・・。 ・豊後国熊牟礼城を包囲により落城させる。  水谷政村を駐留させる。 ・近江国山本山城を城攻めの前に、新庄直昌が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・豊後国木付城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、鎌田政久が敗走する。 ・筑後国下高橋城を包囲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の朝倉景隆が敗走する。 ・大隅国志布志城を包囲により落城させる。 ・豊後国臼杵城を包囲により落城させる。 ・祁答院良重が、肥前国平戸城から肥前国大村城に攻め入られるも海戦にて迎撃に成功 する。  海戦の際に、外様の畠山義遠が敗走する。  敗走させるつもりじゃ無かったけども、敗走したので兵数が激減・・・。  冬上旬(計画フェイズ)が間近だし、兵が集まらないうちに追放して討伐するか?(鬼) 1552年(天文二十一年)秋下旬 ・野辺沢一族(当主・野辺沢満重)が御家再興を果たし、出羽国延沢城と出羽国天童城 を奪われる。 ・有智山城は宝満城と名を変える。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・関盛種が病死し、養子の関胤家が兵を引き継ぐ。 ・北畠具種の縁者、北畠教賢が当家に仕官する。 ・福岡吉清、宮部継潤、野仲重兼、朽綱鑑康らが当家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 ・北畠家(当主・北畠晴具)が御家再興を果たし、伊勢国多気城を奪われる。 ・水谷政村が、不作のため援助を求め(16000貫)を求め、応じる。 ・土岐為元が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・横瀬成繁が、不作のため援助を求め(5000貫)を求め、応じる。 ・成田長泰が、不作のため援助を求め(9000貫)を求め、応じる。 ・北条綱成が、不作のため援助を求め(9000貫)を求め、応じる。 ・大原資良が、不作のため援助を求め(15000貫)を求め、応じる。 ・北畠具種が、不作のため援助を求め(3000貫)を求め、応じる。 ・教来石景政が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・武田無人斎が、不作のため援助を求め(8000貫)を求め、応じる。 ・高梨政頼が、不作のため援助を求め(3000貫)を求め、応じる。 ・真田幸綱が、不作のため援助を求め(2000貫)を求め、応じる。 ・蒲生定秀が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・三好政長が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・尼子誠久が、不作のため援助を求め(4000貫)を求め、応じる。 ・甲斐親直が、不作のため援助を求め(3000貫)を求め、応じる。 *有馬家が滅亡。 ※大友家で沼田顕泰が当主になる。  大内晴英が先の豊前国岩石城の戦いで落ち延びそびれたのか?婚姻を結び親族となっ ていた沼田顕泰が当主に?!  大友義鎮→大内晴英→沼田顕泰と家督が移って滅びないとは、なかなかしぶといな・・・。  来年中には大友家を滅ぼすことができそうなのだが、安芸国宮ノ尾城(熊野灘)に篭 ったきりの尼子家にどうやって戦(海戦)を仕掛けろと・・・。  まさか?!これまたバグで永遠に制海権を得ることが出来ずに年月が過ぎてバッドエ ンドを迎えるのか?!  水軍は固定数なので、なんとなくそんな気が・・・。  外交関係が宿敵だと従属させることも使者の派遣すらできないのだし、困るぞこのま まじゃ!! ############################################################################### ●2008-07-28 (45日目・11年目) ############################################################################### ・木下昌直に俸禄2000貫を与える。 ・佐伯惟教に俸禄2000貫を与える。 ・桑折貞長に俸禄2000貫を与える。 ・北信愛に俸禄2000貫を与える。 ・黒川晴氏に俸禄2000貫を与える。 ・小幡虎盛に俸禄30000貫を与える。 ・佐藤好信に俸禄2000貫を与える。 ・江上元一に俸禄2000貫を与える。 ・千葉胤連に俸禄2000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・大友家の肥前国平戸城(城主・松浦隆信)へ出陣。 ・大友家(当主・沼田顕泰)の居城・筑後国久留米城へ出陣。 ・野辺沢一族の出羽国天童城へ出陣。 ・野辺沢一族(当主・野辺沢満重)の居城・出羽国延沢城へ出陣。 ・北畠家(当主・北畠晴具)の居城・伊勢国多気城へ出陣。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、大友家が当家の城で計略を企てていたことが発覚し、大友家と絶縁 する。 ・沼田顕泰が、筑後国久留米城から筑後国発心城に攻め入られるも迎撃に成功する。 ・尼子家に伊予国来島城に攻め入られるも落城せずに寄せ手が退却。 ・肥前国平戸城を包囲により落城させる。 ・筑後国久留米城にて野戦に勝利した後、計略により落城させる。  原虎胤、朝倉景紀、教来石景政らを駐留させる。 ・出羽国天童城を包囲により落城させる。 ・出羽国延沢城を城攻めの前に、野辺沢満重が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・伊勢国多気城を包囲により落城させる。 1552年(天文二十一年)冬上旬 ・臣従の豊後国屋山城の吉弘一族(当主・吉弘鑑種)が大友家を離反して当家の家臣に なる。 ・臣従の筑後国長巌城の問註所一族(当主・問註所鑑豊)が大友家を離反して当家の家 臣になる。 ・黒木一族(当主・中村義房)が御家再興を果たし、陸奥国千代城と陸奥国黒木城を奪 われる。 ・戸沢一族(当主・戸沢政重)が御家再興を果たし、出羽国山根城を奪われる。 ・木造一族(当主・木造具政)が御家再興を果たし、伊勢国木造城を奪われる。 ・垣屋一族(当主・垣屋続成)が御家再興を果たし、但馬国鶴ヶ峰城を奪われる。 ・八木一族(当主・八木豊信)が御家再興を果たし、但馬国八木城を奪われる。 ・三吉一族(当主・三吉政高)が御家再興を果たし、備後国有福城を奪われる。 ・伊予国、大隅国が凶作になる。 ・陸奥に大雪が降る。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・藤田重利が病死し、一族の藤田重昌が兵を引き継ぐ。 ・吉川経安が急病で亡くなり、一族の吉川清安が兵を引き継ぐ。 ・山名豊成が病に伏せる。 ・赤川就秀、田北鑑生らが当家に仕官する。 ・兵農分離を行う。 ・北信愛を陸奥国三戸城の城主に任ずる。 ・龍造寺胤信を大隅国志布志城の城主に任ずる。 ・甲斐親直の居城移動を行う。  阿波国渭山城(居)から、筑後国久留米城(居)へ転封。俸禄29801石→31927石 ・宇喜多直家の居城移動を行う。  伊予国三滝城(居)から、大隅国高山城(居)へ転封。俸禄8432石→13216石 ・後藤賢豊の居城移動を行う。  伊予国丸串城(居)から、日向国飫肥城(居)へ転封。俸禄33888石→30285石 ・北畠具種の居城移動を行う。  伊予国撫養城(居)から、伊勢国大河内城(居)へ転封。俸禄28414石→29163石 ・家臣への引き立てを行い、稲葉一族(当主・稲葉良通)が当家の譜代となる。 ・家臣への引き立てを行い、赤穴一族(当主・赤穴盛清)が当家の譜代となる。 ・松波一族(当主・畠山義遠)を追放する。 ・水野一族(当主・水野信元)を追放する。 ・乃美一族(当主・乃美隆興)を追放する。 ・因島村上一族(当主・村上吉充)を追放する。 ・吉弘一族(当主・吉弘鑑理)を追放する。 ・佐藤三省に俸禄4000貫を与える。 ・川副久盛に俸禄2000貫を与える。 ・井上元盛に俸禄3000貫を与える。 ・籠手田安経に俸禄1000貫を与える。 ・馬場政員に俸禄1000貫を与える。 ・佐藤三省、佐藤信則、斎藤利賢、坂井政尚、青木重直、日根野弘就、日比野清実、竹 腰尚光、林道慶らを稲葉良通の寄騎に任ずる。 ・牛尾幸清、佐世清宗、三沢為幸、三沢為清、三刀屋久祐、川副久盛、湯原春綱、多賀 山通続、武田信重らを赤穴盛清の寄騎に任ずる。 ・小河信安、江上元一、少弐政興、千葉胤連、鍋島清久、鍋島清房、馬場政員、木下昌直 、籠手田安経らを龍造寺胤信の寄騎に任ずる。 ・当家隠密がいずこかの者を発見。  忍者戦に勝利し、大友家が当家の家臣に対し内応を企てていたことが発覚し、外交関 係が悪化する。 ############################################################################### ●2008-07-29 (46日目・12年目) ############################################################################### ・大友家の肥後国高森城へ出陣。 ・大友家の豊後国屋山城(城主・吉弘鑑理(従))へ出陣。 ・大友家の筑後国山下城(城主・蒲池親広(従))へ出陣。 ・乃美一族(当主・乃美隆興)の居城・安芸国能美城へ出陣。 ・尼子家の伊予国能島城(城主・尼子義久)へ出陣。 ・因島村上一族(当主・村上吉充)の居城・備後国因島城へ出陣。 ・三吉一族(当主・三吉政高)の居城・備後国有福城へ出陣。 ・松波一族(当主・畠山義遠)の居城・能登国松波城へ出陣。 ・垣屋一族(当主・垣屋続成)の居城・但馬国鶴ヶ峰城へ出陣。 ・八木一族(当主・八木豊信)の居城・但馬国八木城へ出陣。 ・戸沢一族(当主・戸沢政重)の居城・出羽国山根城へ出陣。 ・木造一族(当主・木造具政)の居城・伊勢国木造城へ出陣。 ・水野一族(当主・水野信元)の居城・尾張国緒川城へ出陣。 ・尼子家(当主・尼子晴久)の居城・安芸国宮ノ尾城へ出陣。 ・大友家(当主・沼田顕泰)の居城・肥後国菊池城へ出陣。 ・大友家の豊後国鎧岳城(城主・戸次鑑連(従))へ出陣。 ・肥後国高森城を強襲により落城させる。 ・肥後国菊池城にて野戦に勝利した後、計略と包囲により落城させる。  長野業正、武田無人斎らを駐留させる。 ・豊後国屋山城を包囲により落城させる。 ・但馬国八木城を包囲により落城させる。 ・能登国松波城を強襲により落城させる。 ・出羽国山根城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、前波景定、印牧美満らが敗走する。 ・安芸国能美城を包囲により落城させる。 ・伊勢国木造城を包囲により落城させる。 ・但馬国鶴ヶ峰城を強襲により落城させる。  落城の折に、敵の親族・垣屋光成が切腹する。 ・備後国有福城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。 ・豊後国鎧岳城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、武藤友益、北条綱成らが敗走する。  水谷政村を駐留させる。 ・筑後国山下城を包囲により落城させる。 ・伊予国能島城を包囲により落城させる。 ・尾張国緒川城を包囲により落城させる。 ・備後国因島城を城攻めの前に、村上吉充が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・安芸国宮ノ尾城を城攻めの前に、尼子家が、従属を申し込んで来たが受け入れず、城 攻めを開始する。  更に、城攻めの最中(1回目の包囲後、2回目の包囲で落城)に、宮ノ尾城に篭城した 敵の武将達が、城を開け渡すので逃してくれと申し出るが拒否し、包囲により落城させる。 ・沼田顕泰が、清武城から日向国飫肥城に攻め入られ迎撃に出るも退却、篭城するも強 襲により落城する。  落城の折に、当家の後藤賢豊が敗走する。  漸く後藤賢豊を狙い通りに城主から大名家直属の侍大将にすることができた。  敵に城をひとつ落とされることは悔しいものだが、この城が属する影響水域で敗北し ていたので、この城に武将を駐留させることもできなかった。  そういう訳なので、意図せずともどっちみち敵の主力に攻められて落城していたこと だろう。 ------------------------------------------------------------------------------ 1553年(天文二十二年)冬下旬 ・臣従の豊後国岡城の志賀一族(当主・志賀親守)が大友家を離反して当家の家臣になる。 ・臣従の肥後国隈部城の隈部一族(当主・隈部親永)が大友家を離反して当家の家臣に なる。 ・浅利一族(当主・浅利頼重)が御家再興を果たし、出羽国十狐城を奪われる。 ・尾張今川一族(当主・今川氏豊)が御家再興を果たし、尾張国那古野城を奪われる。 ・広瀬一族(当主・広瀬利治)が御家再興を果たし、飛騨国田中城と飛騨国高山城を奪 われる。 ・北条一族(当主・北条高広)が御家再興を果たし、越後国北条城を奪われる。 ・阿波公方一族(当主・足利義維)が御家再興を果たし、阿波国撫養城を奪われる。 ・各地で飢饉になる。 ・北陸地方に大雪が降る。 ・信濃国船山城の変わりに信濃国大島城が築かれる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・田原親資が病死し、末子の田原政資が兵を引き継ぐ。 ・下間頼慶、川上忠智らが病に伏せる。 ・北信愛の縁者、北政愛が当家に仕官する。 ・堀田道空、椿井定房、小鴨元清、花房正幸、入田親誠、秋月晴種、小田政光、伊東祐 安らが当家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 ・葛西家(当主・葛西晴信)が御家再興を果たし、陸奥国寺池城を奪われる。 ・鷲山土岐家(当主・土岐頼栄)が御家再興を果たし、美濃国大桑城を奪われる。  一度にこんなに多くの御家再興をされては、国の数より城主の数の方が少ない配置( ケチで鬼)なので倒すのが大変だよ〜。  しかも、兵農分離を実行した年に限って・・とは。 *大内家が滅亡。 ・河合吉統に俸禄9000貫を与える。 ・田北鑑生に俸禄17000貫を与える。 ・本間貞氏に俸禄2000貫を与える。 ・朽綱鑑康に俸禄1000貫を与える。 ・福原則高に俸禄1000貫を与える。 ・横山盛資に俸禄4000貫を与える。 ・八代俊盛に俸禄4000貫を与える。 ・和田通興に俸禄1000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・小田政光を龍造寺胤信の寄騎に任ずる。 ・浜田広綱、足利藤氏、武田義隆、梶原備前守、織田信賢らを宇喜多直家の寄騎から大 名家直属に戻し、花房正幸を宇喜多直家の寄騎に任ずる。 ・石川高信、八代俊盛、魚住景直、後藤賢豊、横山盛資、井上元盛、天野隆道、長尾大 隅守、杉信運らを北信愛の寄騎に任ずる。 ・勝沼信元を武田無人斎の寄騎に任ずる。 ・間宮康俊、藤田重昌、大道寺政繁、江川英元らを成田長泰の寄騎に任ずる。 ・大友家の大隅国垂野城へ出陣。 ・大友家の日向国財部城へ出陣。 ・浅利一族(当主・浅利頼重)の居城・出羽国十狐城へ出陣。 ・黒木一族の陸奥国黒木城(城主・黒木家長)へ出陣。 ・黒木一族(当主・中村義房)の居城・陸奥国千代城へ出陣。 ・鷲山土岐家(当主・土岐頼栄)の居城・美濃国大桑城へ出陣。 ・尾張今川一族(当主・今川氏豊)の居城・尾張国那古野城へ出陣。 ・広瀬一族(当主・広瀬利治)の居城・飛騨国高山城へ出陣。 ・大友家の薩摩国御内城(城主・祁答院重朝)へ出陣。 ・大友家の大隅国大姶良城へ出陣。 ・阿波公方一族(当主・足利義維)の居城・阿波国撫養城へ出陣。 ・大友家の肥後国岩尾城へ出陣。 ・大友家の日向国飫肥城へ出陣。 ・大友家の肥後国隈本城(城主・鹿子木鎮有(従))へ出陣。 ・大友家の筑後国鷹尾城(城主・田尻親種(従))へ出陣。 ・大隅国垂野城を強襲により落城させる。 ・日向国財部城を強襲により落城させる。 ・大隅国大姶良城を強襲により落城させる。 ・肥後国岩尾城を強襲により落城させる。 ・陸奥国黒木城を強襲により落城させる。 ・飛騨国高山城を包囲により落城させる。 ・大隅国垂水城を強襲により落城させる。 ・日向国飫肥城を包囲により落城させる。 ・美濃国大桑城を包囲により落城させる。 ・筑後国鷹尾城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、外様の問註所鑑豊が敗走する。 ・陸奥国千代城を強襲により落城させる。  攻城戦の際に、国分胤相(負傷)が敗走する。 ・出羽国十狐城を強襲により落城させる。  落城の折に、浅利勝頼、浅利頼重、門脇政吉らが切腹する。 ・尾張国那古野城を包囲により落城させる。 ・阿波国撫養城を包囲により落城させる。 ・薩摩国御内城を包囲により落城させる。 ・肥後国隈本城を計略により城攻めするが、日没のために決着が付かず。 1553年(天文二十二年)春上旬 ・独立豪族の北条高広が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・臣従の大隅国富田城の禰寝一族(当主・禰寝清年)が大友家を離反して当家の家臣に なる。 ・臣従の大隅清水城の本田一族(当主・本田親兼)が大友家を離反して当家の家臣になる。 ・臣従の筑後国蒲池城の下蒲池一族(当主・蒲池鑑盛)が大友家を離反して当家の家臣 になる。 ・臣従の肥後国南開城の大津山一族(当主・大津山資冬)が大友家を離反して当家の家 臣になる。 ・臣従の肥後国隈本城の鹿子木一族(当主・鹿子木鎮有)が大友家を離反して当家の家 臣になる。  攻め落としたいので追放したいけど、次の計画フェイズまで1年近くも待てないぞ !(怒) ・菅谷一族(当主・菅谷勝貞)が御家再興を果たし、常陸国土浦城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・三浦元政、松永長頼らが病に伏せる。 ・安西実元、大石定久、小島弥太郎、山田重直、大内義長、河野通直、田原親宏、高橋 鑑種、龍造寺家就らが当家に仕官する。 *肝付家が滅亡。 ・高橋鑑種に俸禄2000貫を与える。 ・田原親宏に俸禄24000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・武田義隆、安西実元らを土岐為元の寄騎に任ずる。 ・後藤賢豊を北信愛の寄騎から大名家直属に戻す。 ############################################################################### ●2008-07-30 (47日目・12年目) ############################################################################### ・肥後国隈本城への計略に失敗し、鹿子木一族が当家に反旗を翻す。  隈本城の城郭規模が途轍もなく高かったので、次の冬上旬に追放するまでの間に城郭 規模下げでもしようかと考えてたところ・・・。  外様を対象にした計略が見破られる(忍者戦に敗退)と反旗を翻すのか・・好都合だ! ・葛西家(当主・葛西晴信)の居城・陸奥国寺池城へ出陣。 ・広瀬一族(当主・広瀬利治)の居城・飛騨国田中城へ出陣。 ・菅谷一族(当主・菅谷勝貞)の居城・常陸国土浦城へ出陣。 ・大友家の日向国佐土原城へ出陣。 ・大友家の肥後国堅志田城(城主・阿蘇惟前(従))へ出陣。 ・鹿子木一族(当主・鹿子木鎮有)の居城・肥後国隈本城へ出陣。 ・大友家の大隅国加治木城(城主・松永久秀)へ出陣。 ・大隅国加治木城を包囲により落城させる。 ・日向国佐土原城を強襲により落城させる。 ・飛騨国田中城を包囲により落城させる。 ・陸奥国寺池城を包囲中、寺池城に篭城した敵の武将達が、城を開け渡すので逃してく れと申し出、受け入れる。 ・常陸国土浦城を包囲により落城させる。 ・肥後国堅志田城を包囲により落城させる。  長野業正、教来石景政、原虎胤、武田無人斎、水谷政村、朝倉景紀らを駐留させる。 ・肥後国隈本城を包囲により落城させる。  落城の折に、城親冬が降参、家臣として登用する。 ・沼田顕泰が、肥後国御船城から肥後国岩尾城に攻め入るも迎撃に成功する。 1553年(天文二十二年)春下旬 ・山本寺一族(当主・山本寺為常)が御家再興を果たし、越後国不動山城を奪われる。 ・柚木山中一族(当主・山中久俊)が御家再興を果たし、近江国水口城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・米倉重継、進藤賢盛らが病に伏せる。 ・臼井景道、本多重次、吉川元春、江良房栄、忽那通著、蒲池親広、星野元康、山田宗 治らが当家に仕官する。 ・播磨で三好家(当主・三好長慶)が御家再興を果たし、播磨国姫路城、播磨国置塩城 、播磨国御着城、播磨国三木城、播磨国魚住城、播磨国有馬城、和泉国堺城、和泉国野 田山城、和泉国積善寺城、紀伊国和田森城を奪われる。  10も城を奪われるなんて・・・。  最近では働いてない武将の経験値稼ぎにも打って付け・・にしては厳しいぞ!  でも、当家の本城(摂津国石山城)の周辺だったので、直ぐに対応できそうだ。 ・臼井景道に俸禄2000貫を与える。 ・後藤賢豊に俸禄6000貫を与える。 ・柴田勝家に俸禄2000貫を与える。 ・城親冬に俸禄4000貫を与える。 ・一萬田親実に俸禄11000貫を与える。 ・蒲池親広に俸禄22000貫を与える。 ・星野元康に俸禄17000貫を与える。 ・宍戸隆家に俸禄1000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・朽木晴綱、青地光孝らを蒲生定秀の寄騎から大名家直属に戻し、後藤賢豊、三上季直 、山崎宗家らを蒲生定秀の寄騎に任ずる。 ・臼井景道を国分胤相の寄騎に任ずる。 ・足利晴氏、足利頼淳、野田成朝、簗田晴助、赤井照泰、那波宗元らを甲斐親直の寄騎 から大名家直属に戻し、城親冬を甲斐親直の寄騎に任ずる。 ・豊前国松山城に駐留していた、三好政長を帰還させる。 ・大友家の日向国清武城(城主・祁答院重武)へ出陣。 ・山本寺一族(当主・山本寺為常)の居城・越後国不動山城へ出陣。 ・三好家の播磨国御着城へ出陣。 ・三好家の摂津国有馬城へ出陣。 ・三好家の播磨国三木城(城主・三好義長)へ出陣。 ・三好家の播磨国置塩城へ出陣。 ・大友家の肥後国宇土城へ出陣。 ・大友家の肥後国古麓城へ出陣。 ・三好家の紀伊国和田森城へ出陣。 ・三好家の播磨国魚住城へ出陣。 ・三好家の和泉国積善寺城へ出陣。 ・三好家の和泉国野田山城へ出陣。 ・大友家(当主・沼田顕泰)の居城・肥後国御船城へ出陣。 ・三好家の和泉国堺城へ出陣。 ・柚木山中一族(当主・山中久俊)の居城・近江国水口城へ出陣。 ・大友家の大隅国平山城へ出陣。 ・三好家(当主・三好長慶)の居城・播磨国姫路城へ出陣。 ・大隅国平山城を包囲により落城させる。 ・播磨国魚住城を包囲により落城させる。 ・和泉国積善寺城を包囲により落城させる。 ・紀伊国和田森城を包囲により落城させる。 ・肥後国古麓城を包囲により落城させる。 ・摂津国有馬城を包囲により落城させる。 ・和泉国堺城を包囲により落城させる。 ・肥後国宇土城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・播磨国置塩城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・播磨国御着城を包囲中に後詰と野戦を交えるも勝利し、開城させる。 ・和泉国野田山城を包囲により落城させる。 ・播磨国三木城を包囲により落城させる。 ・越後国不動山城を城攻めの前に、山本寺為常が降参するが受け入れず、包囲により落 城させる。 ・近江国水口城を強襲により落城させる。 ・日向国清武城を強襲により落城させる。 ・肥後国御船城を計略中、御船城に篭城した敵の武将達が、城を開け渡すので逃してく れと申し出、受け入れる。  長野業正、教来石景政、原虎胤、武田無人斎、朝倉景紀らを駐留させる。  大友家の直属領(日向国の佐土原・都城城、肥後国の人吉城・水俣城、薩摩国の伊集院 ・伊作・加世田・獅子城)が全て当家のものになる。 ・播磨国姫路城を計略と包囲により落城させる。 1553年(天文二十二年)夏上旬 ・直江一族(当主・直江実綱)が御家再興を果たし、越後国与板城を奪われる。 ・田結庄一族(当主・田結庄是義)が御家再興を果たし、但馬国豊岡城を奪われる。 ・四国、北陸、九州地方で好天になる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・平田宗範が病死し、一族の平田高範が兵を引き継ぐ。 ・笠原信為が病死し、養子の笠原信景が兵を引き継ぐ。 ・新納忠勝が病死し、養子の新納信勝が兵を引き継ぐ。 ・三浦義就、蜂須賀正勝、平井定武、牛尾幸清らが病に伏せる。 ・武田守信、山角定吉、斎藤朝信、右田隆量、羽衣資載、長宗我部元親、木付親諸、草 野鎮員、田尻親種らが当家に仕官する。 ・出羽で安東家(当主・安東舜季)が御家再興を果たし、出羽国檜山城を奪われる。 *伊東家が滅亡。 ・武田守信に俸禄3000貫を与える。 ・大内義長に俸禄1000貫を与える。 ・木付親諸に俸禄14000貫を与える。 ・草野鎮員に俸禄22000貫を与える。 ・田尻親種に俸禄26000貫を与える。 ・山角定吉に俸禄8000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・大隅国清水城への計略に失敗し、本田一族が当家に反旗を翻す。 ・北原一族(当主・馬開田右衛門)の居城・日向国加久藤城へ出陣。 ・北原一族の薩摩国長野城へ出陣。 ・北原一族の薩摩国太良城へ出陣。 ・安東家(当主・安東舜季)の居城・出羽国檜山城へ出陣。 ・川上一族の薩摩国串木野城(城主・川上忠頼)へ出陣。 ・田結庄一族(当主・田結庄是義)の居城・但馬国豊岡城へ出陣。 ・本田一族(当主・本田親兼)の居城・大隅国清水城へ出陣。 ・大隅蒲生一族(当主・蒲生範清)の居城・大隅国蒲生城へ出陣。 ・薩摩国太良城を包囲により落城させる。 ・薩摩国長野城を包囲により落城させる。 ・大隅国加久藤城を包囲により落城させる。 ・但馬国豊岡城を城攻めの前に、田結庄是義が降参するが受け入れず、包囲により落城 させる。 ・薩摩国串木野城を包囲により落城させる。 ・出羽国檜山城を包囲により落城させる。 ・大隅国清水城を包囲により落城させる。 ・大隅国蒲生城を城攻めの前に、蒲生範清が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。  落城の折に、西俣盛家が降参、家臣として登用する。 1553年(天文二十二年)夏下旬 ・独立豪族の直江実綱が、当家の家臣になりたいと申し出、登用する。 ・諏訪一族(当主・諏訪満隆)が御家再興を果たし、信濃国上原城を奪われる。 ・山岡一族(当主・山岡景之)が御家再興を果たし、近江国瀬多城を奪われる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・畠山駿河守が病死し、養子の畠山可高が兵を引き継ぐ。 ・蒲池親広が病死し、親族の蒲池元広が兵を引き継ぐ。 ・留守顕宗、行松正盛、福屋隆兼らが病に伏せる。 ・梶川高秀、小間常光、神保氏純、伊丹続堅、池内玄蕃らが当家に仕官する。 ############################################################################### ●2008-07-31 (48日目・12年目) ############################################################################### ・赤川就秀に俸禄3000貫を与える。 ・久野忠宗に俸禄18000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・陸奥国三戸城に駐留していた、高梨政頼を帰還させる。 ・川上一族(当主・川上忠克)の居城・薩摩国平佐城へ出陣。 ・入来院一族(当主・入来院重朝)の居城・薩摩国清色城へ出陣。 ・入来院一族の薩摩国鶴ヶ岡城へ出陣。 ・諏訪一族(当主・諏訪満隆)の居城・信濃国上原城へ出陣。 ・山岡一族(当主・山岡景之)の居城・近江国瀬多城へ出陣。 ・信濃国上原城に闇討ちを仕掛け成功する。 ・近江国瀬多城に闇討ちを仕掛け成功する。 ・薩摩国鶴ヶ岡城を包囲により落城させる。 ・薩摩国清色城を強襲により落城させる。 ・近江国瀬多城を包囲により落城させる。 ・薩摩国平佐城を包囲により城攻めするが、日没のために決着が付かず。 ・信濃国上原城を城攻めの前に、諏訪満隆が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 1553年(天文二十二年)秋上旬 ・留守一族(当主・留守景宗)が御家再興を果たし、陸奥国下草城を奪われる。 ・氏家一族(当主・氏家直元)が御家再興を果たし、美濃国大垣城を奪われる。 ・柳生一族(当主・柳生家厳)が御家再興を果たし、大和国柳生城を奪われる。 ・各地で凶作になる。 ・能登国で豊作になる。 ・足利将軍家より使者が参り、当家を頼りたいとの事で山城国船岡山城を寄進する。( ※バグ) ・岡本安泰、内藤康行、本多忠豊、長尾大隅守らが病に伏せる。 ・松井友閑、宇佐美定満、中島親吉、後藤貴明、龍造寺周一らが当家に仕官する。 ・朝廷から使者が参り、献金をして官職を手に入れる機会だが、朝廷の使者には、丁重 にお帰り頂く。 ・龍造寺周一に俸禄4000貫を与える。 ・池内玄蕃に俸禄5000貫を与える。 ・朝廷に使者を派遣する。 ・江上元一、小田政光、少弐政興、馬場政員らを龍造寺胤信の寄騎から大名家直属に戻し 、後藤貴明、龍造寺家就、龍造寺周一らを龍造寺胤信の寄騎に任ずる。 ・筑前国博多城に駐留していた、蒲生定秀を帰還させる。 ・肥後国堅志田城に駐留していた、水谷政村を帰還させる。 ・豊後国大蔵城に駐留していた、成田長泰を帰還させる。 ・肥後国御船城に駐留していた、原虎胤を帰還させる。 ・肥後国御船城に駐留していた、武田無人斎を帰還させる。 ・肥後国御船城に駐留していた、朝倉景紀を帰還させる。 ・肥後国御船城に駐留していた、教来石景政を帰還させる。 ・肥後国御船城に駐留していた、長野業正を帰還させる。 ・留守一族(当主・留守景宗)の居城・陸奥国下草城へ出陣。 ・柳生一族(当主・柳生家厳)の居城・大和国柳生城へ出陣。 ・氏家一族(当主・氏家直元)の居城・美濃国大垣城へ出陣。 ・川上一族(当主・川上忠克)の居城・薩摩国平佐城へ出陣。 ・薩摩国平佐城を城攻めの前に、川上忠克が降参するが受け入れず、包囲により落城さ せる。 ・陸奥国下草城を包囲により落城させる。 ・大和国柳生城を包囲により落城させる。 ・美濃国大垣城を包囲により落城させる。 ※態と統一を果たさずに冬上旬まで進めて外様の譜代化や追放を行って統一を果たせば、 ”征服王”に──。  また、武家貴族になれば”関白”或いは”征夷大将軍”のエンディングだって見るこ とが可能な状態での初クリア。  感動のエンディングの筈が、なんだか疲れがドッと沸いてきたゾ・・・。 ------------------------------------------------------------------------------        西暦1553年 秋下旬 村上家の村上 義清により天下はすべて平定された       さからう大名はもはやなく       全国津々浦々の民百姓は       およそ百年ぶりに訪れた       平和の味を噛みしめていた     武と仁によって天下を統一した彼を         人々はこう呼んだ        人徳王 村上 義清 ------------------------------------------------------------------------------           完 ------------------------------------------------------------------------------ ■2.家臣武将十傑 ================  クリア時点での当家(村上家)の家臣武将の十傑です。  家臣を登用する時に、どんな武将がどのくらいまで成長(または生存)するかの参考 になるかと思います。寿命が近付いたり、能力が衰えてきた武将は、評価も下がるので それを目安にすると良いでしょう。  ※評価は1〜10、各能力値は0〜25(通常0〜20、20以上は育成次第)で、各能力値は 評価を下回る場合に評価の値で代用される。 ┌──────────────────┐ |年齢                | ├──────┬─┬─┬─┬─┬─┬─┤ │名前    │歳│評|武|統│智|政│ ├──────┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ |内藤国貞  |69| 8|13| 7|13|10| |大田原資清 |68| 8|10| 8|12|10| |鍋島清久  |67| 8|15| 7|17|11| |前野宗康  |65| 9|16|11|13| 3| |上杉憲勝  |65| 3| 6| 3| 4| 2| |福原広俊  |64|10| 9| 6| 8|11| |牛尾幸清  |64|10|16|10|15|12| |香曽我部親秀|63| 9|11| 6|11| 8| |池田信正  |63|10|16| 8|13| 8| |水原政家  |63|10|21| 6|10| 7|※同他3名 └──────┴─┴─┴─┴─┴─┴─┘ ┌──────────────────┐ |武勇                | ├──────┬─┬─┬─┬─┬─┬─┤ │名前    │歳│評|武|統│智|政│ ├──────┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ |村上義清  |53|10|25|17|21|10| |武田無人斎 |60| 7|25|19|17|10| |原虎胤   |57|10|24|15|20|10| |水谷政村  |30|10|23|17|23| 5| |長野業正  |55| 9|23|19|22| 9| |飯富虎昌  |40|10|22|11|15| 8| |山名誠通  |46|10|22|14|16| 6| |北条綱成  |39|10|22|18|17|10| |水谷治持  |37|10|22|14|19| 8| |小笠原信貴 |34|10|22|14|19| 8| └──────┴─┴─┴─┴─┴─┴─┘ ┌──────────────────┐ |統率力               | ├──────┬─┬─┬─┬─┬─┬─┤ │名前    │歳│評|武|統│智|政│ ├──────┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ |武田無人斎 |60| 7|25|19|17|10| |長野業正  |55| 9|23|19|22| 9| |北条綱成  |39|10|22|18|17|10| |村上義清  |53|10|25|17|21|10| |教来石景政 |40|10|19|17|22|11| |水谷政村  |30|10|23|17|23| 5| |蒲生定秀  |46| 9|21|16|20| 7| |原虎胤   |57|10|24|15|20|10| |太田資正  |32|10|17|14|23|11| |山名誠通  |46|10|22|14|16| 6|※同他8名 └──────┴─┴─┴─┴─┴─┴─┘ ┌──────────────────┐ |智謀                | ├──────┬─┬─┬─┬─┬─┬─┤ │名前    │歳│評|武|統│智|政│ ├──────┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ |山本勘助  |60|10|20|13|25| 5| |太田資正  |32|10|17|14|23|11| |水谷政村  |30|10|23|17|23| 5| |長野業正  |55| 9|23|19|22| 9| |駒井政武  |44|10|16|13|22|10| |教来石景政 |40|10|19|17|22|11| |村上義清  |53|10|25|17|21|10| |太原雪斎  |58| 9|14|11|21|13| |原虎胤   |57|10|24|15|20|10| |蒲生定秀  |46| 9|21|16|20| 7| └──────┴─┴─┴─┴─┴─┴─┘ ┌──────────────────┐ |政治力               | ├──────┬─┬─┬─┬─┬─┬─┤ │名前    │歳│評|武|統│智|政│ ├──────┼─┼─┼─┼─┼─┼─┤ |平手政秀  |62|10|13|10|14|18| |甘利虎泰  |63|10|20|10|14|17| |安藤良整  |33| 5| 6| 5| 5|17| |朝倉景隆  |60|10|15|10|17|16| |石巻家貞  |61|10| 7| 8|11|16| |龍造寺周一 |33| 2| 3| 1| 4|14| |宇佐美定満 |61|10|11| 8|18|14| |堀田道空  |62| 9| 7| 6|12|14| |田北鑑生  |54|10|16| 9|14|13| |大道寺政繁 |21| 2| 5| 5| 5|13|※同他4名 └──────┴─┴─┴─┴─┴─┴─┘ ------------------------------------------------------------------------------ ■3.攻略のポイント ================== ・忠誠心が10未満の武将は、出奔する可能性が高い。  →大名家レベルが覇者レベルよりも格下の場合、忠誠心が10未満になるとかなり高い 確率で出奔する。  →内政フェイズの武将への俸禄は、大名家直属の侍大将に対してだけ加増(一回の加 増上限は3万石まで)することができる。俸禄の加増を実行する場合、倍数で与えれば 忠誠心の上昇もそれに応じて期待できる。  →外交コマンドの【使者の派遣】→武将は、臣従武将(外様や寄騎に配備されている 武将)に使者を派遣することで忠誠心の上昇が望める。   寄騎の場合、一度大名家直属の侍大将に戻し、適当に俸禄を与えて忠誠心を上昇さ せてから再配備し直すという手段もある。 ・城主に任命できるのは、大名家直属の武将(城主と侍大将)のみ。  →Wでは寄騎武将でも城主に任命できたが、Xではできない。城主に任命したい寄騎は 、予め軍備フェイズの寄騎配備コマンドで大名家直属に戻しておこう。 ・【楽市楽座】や【鉱山開発】は、楽市楽座なら町規模・鉱山開発なら鉱山規模が特大 の城で行えば、実行時の上昇値も大きい。  町規模が特に大きな城は、和泉国堺、山城国船岡山、摂津国石山、筑前国博多、山城 国勝軍山、相模国小田原、越後国春日山、駿河国府中、尾張国鳴海、近江国観音寺、尾 張国清洲、尾張国勝幡、土佐国中村、美濃国稲葉山、豊後国臼杵、武蔵国江戸、肥前国 平戸など。以上の城は、城ひとつだけで約2万〜数千の町規模だ。 ・城主に複数の城を与える時は、城主の任命よりも配置の移動(転封)で代用した方が 忠誠心の上がりが良い。  →実際に所領の転封を行わない場合でも、城主の任命とは異なり一度に複数の城を与 えたり居城の変更も行える。但し、費用が若干嵩む。  →太守任命の場合も同様──。ただ、敵(COM)大名家が太守を任命することは先ず ないので、数十万石も有する城主を作る必要性が薄い。 ・武将グループの扱いには注意。  →外様(臣従武将グループ)を譜代化すると、その時点で当該武将グループの寄騎で ない武将の再配備は行えない。また、譜代化する時点で寄騎だった武将を軍備フェイズ の寄騎配備のコマンドで大名家直属にした場合、同様にその後の寄騎への再配備は行え ない。つまり、その臣従武将グループの当主に属する直臣という扱いになっている。 ・【兵練】と【船舶の運用】を初期設定のままにしていると莫大な費用が必要になる。  →【兵練】と【船舶の運用】の維持費に気付かないままゲームを進めてしまうとかな りの出費になる。特に小国でゲームを始めた場合、直ちに【兵練】と【船舶の運用】の 全布陣・全編成を見直さないと壊滅的な経済状態に陥ってしまい取り返しがつかない。 維持費を最小の0に抑えたい場合には、次の様に変更しておこう。 【兵練】を全布陣・全編成を槍隊に変更し、維持費を4870→0に軽減。 【船舶の運用】を全布陣・全編成を小早に変更し、維持費11300→0に軽減。 ※騎馬隊などは資金不足にならない様なら配備しよう。 ------------------------------------------------------------------------------ ■4.裏技 ======== ・セーブを行うと、その後に実行するコマンドの実行結果が変わる。  →所謂、”セーブ&ロード”だが、使い過ぎはゲーム本来の楽しさを欠く恐れがある為 、ご利用はご計画的に──。 ・俸禄が高い武将を寄騎にすると、次のターンには俸禄が減少する。  →寄騎武将の俸禄は、城主の禄高に応じて決定される。   例えば、寄親の俸禄が3万貫(3万石)未満なら、寄騎の俸禄は1千貫となる。   内政フェイズの【武将への俸禄】は最大3万貫までなので、武将の俸禄が3万貫以上 の武将(侍大将)に俸禄を与えたい場合(この場合、大名家直属の侍大将として使いた い武将の忠誠心の上昇が目的)、一度適当な城主の寄騎に配備して俸禄を下げた後に大 名家直属に戻してから俸禄を与えると良い。 ・軍備フェイズの【寄騎配備】を行う時、寄騎として配備される武将が寄親武将と相性 が良ければ、寄親武将と同じ忠誠心になる。  →但し、寄騎から大名家直属に戻すと忠誠心は元に戻る。 ------------------------------------------------------------------------------ ■5.バグ ======== ●経路 ※経路の不備が多過ぎます・・・。だから見落としている経路もあるかも知れません。 ・国内マップで信濃国の真田城と戸石城の配置が逆(全国マップでは正しい)。  →Ver1.02アップデータで改善。 ・全国マップで甲斐国の岩殿城と谷村城の経路が繋がってない。 ・全国マップで三河国岡崎城と三河国安祥城の経路が繋がってない。 ・国内マップで武蔵国羽生城と下総国古河城と下総国関宿城の経路が繋がってない。  しかも、武蔵国羽生城と上野国館林城が実際には経路が繋がっているので、武蔵国羽 生城と武蔵国騎西城の配置は、全国/国内マップとも逆ではないのか? ・全国マップで下野国壬生城と下野国宇都宮城の経路が繋がってない。 ・全国マップで上総国真里谷城と椎津城の経路が繋がってない。 ・国内マップで上総国椎津城と上総国真里谷城の経路が繋がってない。 ・国内マップで伊勢国神戸城と伊勢国桑名城の経路が繋がってない。 ・全国マップで伊勢国長野城と伊勢国亀山城の経路が繋がってない。  全国マップでは、長野城─鹿伏兎城─亀山城という経路になっているが、実際には長 野城と鹿伏兎城の経路は繋がってない。 ・伊勢国木造城と伊勢国大河内城の経路が繋がってない(ように見える・・よく見ると)。 ・全国マップで越前国北ノ庄城と越前国一乗谷城の経路が繋がってない。 ・全国マップで越前国北ノ庄城と越前国永平寺城、越前国北ノ庄城と越前国豊原城の経 路が繋がってない(ように見える・・よく見ると)。  城が密集しているので仕方がないのか? ・全国マップで伊賀国喰代城と伊賀国竜口城、伊賀国阿保城と伊賀国竜口城の経路が繋 がってない。  城が密集しているので仕方がないのか? ・全国マップで近江国新庄城と近江国朽木谷城の経路が繋がってない。 ・全国マップで近江国鯰江城と近江国長光寺城の経路が繋がってない。 ・全国マップで近江国鯰江城と近江国水口城の経路が繋がっている。  国内マップでは繋がっていないのだが・・・。 ・全国マップで近江国比叡山城と近江国朽木谷城の経路が繋がっている。  国内マップでは繋がっていない(近江国勝軍山城と近江国朽木谷城が繋がっている) のだが・・・。 ・全国マップで大和国郡山城と大和国筒井城の経路が繋がってない。 ・全国マップで丹波国八上城と丹波国黒井城の経路が繋がってない。 ・全国マップで河内国飯盛城と河内国若江城の経路が繋がってない。 ・全国マップで播磨国英賀城と播磨国御着城の経路が繋がってない。 ・全国マップで摂津国瀧山城と摂津国越水城の経路が繋がってない。 ・全国マップで摂津国茨木城と摂津国石山城の経路が繋がってない。 ・全国マップで因幡国天神山城と伯耆国羽衣石城の経路が繋がってない。 ・全国マップで出雲国神西城と出雲国白鹿城の経路が繋がってない。 ・全国マップで阿波国撫養城と阿波国渭山城の経路が二つある。  一直線の経路と、阿波国撫養城と阿波国渭山城の西に位置する阿波国勝瑞城の西側を 迂回する国内マップには無い経路がある・・・。 ・全国マップで安芸国小倉山城と安芸国郡山城の経路が繋がっておらず、安芸国小倉山 城と安芸国五龍城の経路が繋がっている。  国内マップでは、正しく安芸国小倉山城と安芸国郡山城の経路が繋がっている。 ・全国マップで備後国神辺城と備後国銀山城の経路が繋がってない。 ・全国マップで讃岐国天霧城と讃岐国勝賀城の経路が繋がってない。 ・全国マップで讃岐国天霧城と讃岐国十河城の経路が繋がってない。 ・全国マップで讃岐国西長尾城と讃岐国聖通寺城の経路が繋がっている。  国内マップでは繋がっていないのだが・・・。 ・全国マップで伊予国湯築城と伊予国大津城の経路が、伊予国松前城の西側に通っている。  伊予国松前城は軍港なのだが、この経路が西(豊後水道)側に通っているので紛らわ しい。  伊予国湯築城と伊予国大津城の経路は、国内マップでは東側に通っている。 ・全国マップで土佐国本山城と土佐国岡豊城の経路が繋がっておらず、土佐国本山城と 土佐国楠目城の経路が繋がっている。  国内マップでは、正しく土佐国本山城と土佐国岡豊城の経路が繋がっている。 ・全国マップで土佐国岡豊城と土佐国香曽我部城の経路が繋がってない(ように見える・ ・よく見ると)。 ・全国マップで土佐国蓮池城と土佐国浦戸城の経路が繋がってない。 ・全国マップで筑前国博多城と筑前国有智山城の経路が繋がってない。 ・全国マップで筑前国岩屋城と筑後国下高橋城の経路が繋がってない。 ・全国マップで筑前国山鹿城が豊前国松山城と豊前国香春岳城との経路が繋がってない。 ・全国マップで筑後国下高橋城→筑後国久留米城→筑後国蒲池城→筑後国鷹尾の経路が 繋がってない。 ・全国マップで筑後国菊池城と筑後国隈部城の経路が繋がってない。 ・全国マップで筑後国山下城と肥後国菊池城の経路が繋がってなく、肥後国隈部城と経 路が繋がっている。  国内マップでは筑後国山下城と肥後国菊池城との経路が正しく繋がっている。 ・国内マップで大隅国加治木城と薩摩国清色城の経路が繋がっている。  薩摩の国内マップでは、薩摩国清色城と大隅国蒲生城との経路が正しく繋がっている。 ●コマンド [更新フェイズ] ・既に足利将軍家が滅亡している場合でも、足利将軍家の登場イベントが発生する。  既に足利将軍家が滅亡後しているのにこのイベントが発生した場合、盟主として受け 入れるべく城を寄進しても、寄進した城に足利将軍家は登場しない。  更にこの場合にのみ、足利家に城を寄進して受け入れた後(後のターンでの更新フェ イズ)でも、足利将軍家の登場イベントが発生する。  この現象を、「天下統一X・怪談〜彷徨える足利将軍家御一行様〜」・・とでも命名 しよう。(笑) [計画フェイズ] ・配置の移動コマンドにて、家臣武将の居城の変更(転封)を行う際に、”大名家直属 城一覧”がスクロールされていると居城変更ボタンがアクティブにならない。  現状では、居城変更ボタンをアクティブにする為に”大名家直属城一覧”のスクロー ルを上端に戻す必要がある。  →Ver1.01アップデータで改善。 ・CPの残りが1の時に【武将の追放】コマンドを選択するとフリーズする。 [内政フェイズ] ・楽市楽座→国選択→武将選択→国単位/城単位選択→国/城を選択→”楽市楽座を行 いますか?”是/否でキャンセルするとコマンドがキャンセルされる。  他の多くのコマンド同様に、ひとつ前の操作に戻って欲しい。コマンド操作の統一性 に欠けている。 [外交フェイズ] ・臣従の通達→豪族→国選択→”陣営の移動を申し込む武将グループを選択して下さい ”の時にキャンセルするとコマンドがキャンセルされる。  但し、同じ手順で陣営の移動を申し込む武将グループを選択した後、続く操作でキャ ンセルした場合には、コマンドはキャンセルされずに前の操作に戻る。  他の多くのコマンド同様に、ひとつ前の操作に戻って欲しい。コマンド操作の統一性 に欠けている。  外交フェイズの使者の派遣コマンドだと、同様の手順でキャンセルした場合にひとつ 前の操作に戻る。 [軍備フェイズ] ・兵糧の増加→国選択→城選択→武将選択→増加量選択→キャンセルを行うと、最初に 選択した国ではなく本城が選択された状態になる。  同様のコマンドの城の普請の場合には、ひとつ前の操作にキチンと戻る。 ・敵将への内応→引抜きのコマンドがアクティブにならない。つまり、条件を満たして いても引抜きが使用できない。 ・寄騎配備→寄親選択→配下に置く家臣武将の選択の時にマウスの右クリックでキャン セルできない。  多くのコマンド同様に右クリックでキャンセルできるようにすべき。コマンド操作の 統一性に欠けている。 [合戦フェイズ] ・「城攻めの前に、○○家が、従属を申し込んで〜(以下省略)」となった際に [否] を選択すると、”侍大将の合流”を行わずに城攻めに入る。 ●ユーザーズマニュアルの正誤 ・”寄騎武将は寄親武将の取った行動によって同じペースで経験を積んでいくことがで きます。(P.62の解説の4行目)”とあるが、実際には”同じペース”で経験を積まない。  Wと同様に、城主もしくは大名家直属の侍大将の様に武将単体で行動させた方が寄騎 の武将よりも効率良く経験を積む事が出来る。また、侍大将の場合には、合戦フェイズ の際に不必要に合流させない方が効率良く経験値を得る事が出来る。  ちなみにWでは、城主がコマンドを実行すると、得られる経験値がランダムで配分さ れていた。また、合戦の際の侍大将の合流では、合流部隊のまとめ役のみ経験値が得ら れた(合流部隊に組み込まれた武将は経験値が得られない)。  武将の人数が多くなると、全員に行動させることができなくなるので、遊んでいる武 将は寄騎配備をさせると良いだろう。 ●その他(改善要求など) ・城の情報が城郭規模しか分からない。  町の規模は国内マップで視覚的(2段階表現)にしか分からず、町の規模や収穫率な どが数値で確認できない。 ・国内マップが全く無意味でしかも見辛い・・・。  私の場合、粗探し(前記した経路の不備を探す時)にしか使ってない。(汗) ・経路(道)の疲労度が見た目では分からない。  Wの様に、道の疲労度により色分けなり道の太さなりで分かる様にして欲しい。  或いは、城をポイントやクリックなどすることで、行軍可能な範囲を明暗によって一 目でわかるようにするのも良いと思う。 ・全国マップが細々としていて分かり難い・・・。  特に経路は目を凝らさないと分からない。  大名家直轄城か城主がいる城かなどは一見して判別できるが、全国マップだと武将が 駐留している城とそうでない城の区別が無いのでどの城に武将が駐留しているのかが一 目でわからない問題も抱えている。  また、コマンドによっては右端に一覧データが表示される為、例えば城の情報を参照 している時に陸奥国はマップと城一覧が被ってしまう。  他にも、画面左上に表示されている日本列島の縮図から国を選択して画面を切り替え るなどの操作ができないのも不満・・・。 ・大名家の情報で当該大名家の主従・同盟関係などの情報が確認できない。  大名家の情報で、当該大名家の勢力図がひと目で識別出来るように、選択されている 大名家の支配城や同盟国が色分け表示されると良い。 ・収支がよく分からない・・・。  兵や城の維持費、駐留の費用などの支出や収入がどの程度なのかが分かり難い。  毎ターン、もしくは年貢収入や人事フェイズがあるターンの時にでも収支報告書を見 ることができれば思う・・・。例えば、町の収入ならば、支配城全ての合計、支配国ごと 、支配城ごとといった様にユーザーが知りたい情報を選択して見れると良いだろう。 ・港を持つ城がどこの影響水域に属するのかがわかり難い。  更新フェイズで自動的に行われ海戦によって制海権が争われる。それならば、港を持 つ城には、”軍港”と記すだけでなく、属する影響水域も表記して欲しい。 ・更新フェイズの仕官イベントの時、武将の各能力は表示されるが年齢や評価は表示さ れない。  「能力高い=老人の可能性が高い」のは分かるが、若年で有能な武将なのかがその時 点では判別できないので、年齢なども表示して欲しい。  また、顔グラフィックをどうせ導入したのなら、この時にも顔グラフィックを表示す ればと思う。顔グラフィック賛否論は抜きで・・・。 ・当時の価値観は?  たとえ小国でも西国筋の領土を与えられることが当時の武将の願いであったことを考 慮して欲しい。また所領安堵や出身地への服領なども考慮して欲しい。  今作で新しく追加された要素(姫武将や一騎討ちなど)についても、盛り込むのなら 時代背景を考慮して制限(厳密な条件でのみ発生)をすべきだと思う。歴史上では、加 藤清正と木山弾正の仏木坂(ぶっきざか)の一騎討ち等が一応あるとはいえ全体の合戦 数からすると極稀。  制限と言えば、鉄砲伝来後なら鉄砲で完全武装できる点も見直すべき。 ・【楽市楽座】などの内政コマンドは、城/国単位で実行できるが、所領が多くなると 国単位で実行したくなるもののCPが嵩む為、勢力範囲が大きくなるにつれて実行回数 が減る。国単位だと城単位の実行効果より劣るがCPが若干節約できるなどの工夫が欲しい。 例えば、城が10ある国を国単位で実行する場合、効果は70%になるがCPは7(70%)で実 行できるとか・・・。 ・新要素の忍者戦が鬱陶しい・・・。  【環境設定】で手動と自動の切り替えが行えると良い・・というか忍者戦は不必要。  一騎討ちも同様に・・・。 ・出陣の時、兵員動員可能な大名家直属城一覧で、城・所在・農兵(兵数)・城郭・疲 労度が一覧表示されるが、マップ上で城の場所が確認できない。 ・合戦の際の布陣に”雁行”を追加して欲しい。  今作では、横陣、魚鱗、鶴翼の他に、車掛、衝軛、長蛇、方円、鋒矢、偃月が新たに 追加されたが、横陣、魚鱗、鶴翼、車掛以外は使うことが無い・・・。  私はこれまでの作品で雁行を好んで使っていましたが、今作にはないので殆ど魚鱗で 挑んでいます。やっぱり雁行が欲しいなぁ〜。 ・合戦の際に、陣形を維持しつつ移動(前進/後退)をしたい場合に全ての武将に命令 を下すのが面倒・・・。  一斉行動(平押しや中押し、全軍突撃など)のコマンドがあれば、この面倒さが解消 されそうなのだが・・・。 ・敵(COM)の思考能力がお馬鹿・・・。  巷ではお馬鹿が流行している様だが、ゲームにおいては敵がお馬鹿だとどんなに良い システムでも白けてしまう。逆に、敵が神憑り的ならシステムが素朴でも素晴らしい作 品になることもある。  合戦フェイズにて、包囲か計略だけで落城させることができる城に態々強襲を仕掛け 、損害(敗走)を出すだけでなく自滅して敗北したり、ラウンド数の最後を待たずして 退去することもある。資金に余裕があり、ラウンド数の全てを包囲か計略で兵糧を尽き させることが可能なら、強襲よりも包囲等を優先するように敵の思考能力を改善すべき。  他にも、敵大名家はCPをやたらと貯め込むので、有効にCPを使って欲しいなどの不満 山積・・・。 ・キーボードによる操作にも対応しているが、反応が鈍くひとつひとつの操作をゆっく りと一呼吸おきながら操作しないといけない。  例えば、城攻めの際に【包囲】を選択したい時に、操作するタイミングが早いと【計略 】にカーソルが移動してしまう。そして、そこから【包囲】を選択しようと操作する と【強襲】にカーソルが移動してしまう・・・。  カーソルが規定位置に戻るタイミングが遅いので、操作し辛い上にキーボードによる 操作の利点が生かせていない。また、マウス操作の場合でもキーボード操作の時ほどで はないが反応が鈍い。恐らく、マウスとキーボードの両対応になっていることで、操作 時に入力デバイスの確認を行う為にタイムラグが発生するのだと思われる。【設定】で 入力の切り替え(マウスかキーボードの固定)を可能にすれば、操作時のタイムラグの 問題が解決できると思うけど・・・。 ・【環境設定】でイベント速度を変更できるが、自家に関するイベントの時は一時停止 するかしないかの設定もあると助かる。 ・天下統一Xのウインドウが非アクティブの時も動作を続ける。  非アクティブの時は動作を停止して欲しい。 ※上記のバグは、バージョン1.0によるものです。 ※システムソフト・アルファー社より公開されているアップデートのバージョンによっ ては、既に解決している場合があります。 ------------------------------------------------------------------------------ ■6.あとがき ============  初クリアは、”人徳王”エンディングで終えましたが、態と統一を果たさずに次の冬 上旬まで進めて外様の譜代化や追放を行って統一を果たせば、”征服王”も──。また 、武家貴族になれば”関白”或いは”征夷大将軍”のエンディングだって見ることが可 能な状態でしたが、一度クリアした後は、2ターン後に進めるだけの気力も失せました。  どんなゲームでもエンディングを迎えると、達成感や感動が湧き上がるものでしょうが 、それを上回る疲労感が物凄くドッと沸いてきました。だから二度目のプレイは当分な いでしょう・・・。  ん?「ユーザー登録カード」のアンケート・・か(答えてみる)。A〜Iまではパソ コン環境や購入動機などの質問──。そして、”J.プレイ後の評価”・・・。 J.プレイ後の評価(5段階評価)           5 4 3 2 1           良い←   →悪い  1.システム   □ □ □ ■ □  2.グラフィック □ □ □ □ ■  3.ストーリー  □ □ □ ■ □  4.サウンド   □ □ □ ■ □  5.プレイ時間  □ □ □ □ ■  6.操作性    □ □ □ □ ■  7.マニュアル  □ □ ■ □ □  8.価格     □ □ □ □ ■  V系統で踏襲されている領地に縛られるというシステムは、改良の余地があるものの 評価できます(≠次回作への期待)。然しながら、シリーズ最低最悪の操作性とグラフ ィックの悪さが全てを台無しにしています。  ストーリーは何を基準に評価したら良いのかわからいので、ゲーム進行・展開を思い 浮かべて評価してみました。「近隣の大名家にどう立ち向かって行くのか?」武将が領 地に縛られる為、勢力を広げても気が抜けない展開を演出しますが、COMの思考能力の 甘さや合戦のバランスの悪さがこの良い点を十分に生かしきれていません(初代が神憑 りだっただけ?)。一応、この点はWよりは遥かに良くなってますが・・・。  マニュアルはまぁ普通だと思います。できれば、HTMLかテキスト形式のマニュアルも 付属してればと良いと思います。そうすれば、マニュアルを参照したい時に目的の内容 を検索することができるので、知りたい内容を即座に見つけることができて便利ではな いでしょうか。  総合的には、テストプレイをしたのだろうか?と今作でもまたそう思う・・・。個人 的には、Wの方がバグが多かったもののまだ良い出来だったと思います。 ※プレイ後の評価は、遊戯者が求める基準により異なります。 ------------------------------------------------------------------------------- URI: http://purl.org/net/osamurai/ ------------------------------------------------------------------------------- Copyright (C) 2000-2008 by Osamu Rai. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission. -------------------------------------------------------------------------------